公開日:2025.01.31
[青嵐俳談]神野紗希選
篠原鳳作は新時代の俳句について、「素材の新」「表現技法の新」だけではダメで、自然観や社会観など、俳句の根幹をなす「観」の樹立が必要だと説いた(「天の川」昭和9年9月)。生活と思想に支えられた、根本的な新しさ。この欄にもその力強さが育っている。
【天】
世界小さし布団顎までひき上げて東京 阿部八富利
果てしない世界を信じる少年的メンタリティから、諦念の香る大人の世界把握へ。ささやかな動作の丁寧な描写が「世界小さし」の実感を引き出した。同時作〈トーストの厚切りサイズ初暦〉も初暦の詠み方として新鮮。ナチュラルな比喩に楽しさが弾ける。
【地】
初神籤ひらく白帆を張るやうに東温 高尾里甫
新しい年へ向かう心を清新な比喩でひらいた。「白」の一字が未知の可能性を秘める。同時作〈東京の雪やこの戀はにせもの〉の文学的情緒も佳い。
【人】
ふくろふの孤独な唄や星を結ふ東京 桜鯛みわ
ブラインド上げ爛々と霜の花同 加藤右馬
みわさん、梟と星との呼応。「結ふ」のやさしい手つきに孤独の質を思う。同時作〈自我を折りまげて下駄箱のブーツ〉も概念を物象で見える化して秀逸。右馬さん、ブラインドを上げれば霜の光がなだれこむ。「爛々と」の異様に、冬を生きて輝くものたちの底力を見た。「上げ」は「上ぐ」のほうがよいか。
【入選】
かざはなはみづのさなぎやほどけゆく茨城 眩む凡
冬と言ふくちびるの触れ合はぬ音大阪 ゲンジ
人は嘘つき兎に頬を擦り付けて長野 DAZZA
木の葉散る道をシャッフル再生で松山 広瀬康
人影の人より多き芒原愛媛大 柊木快維
歌姫の巻き舌に似て花アロエ東京科学大 長田志貫
雪女郎血の浮いてくる焼きレバー東京農大 コンフィ
サンバラサムハラ凍土に松は立つ神奈川 岡一夏
聖夜劇果てて胎内記憶ふと愛知 樹海ソース
剥がれたる空の鱗として雪は神奈川 高田祥聖
愛と語彙あれば完璧雪だるま大阪 未来羽
絶望はかんたん冬の泉古る同 葉村直
チェックアウトには真冬の筆記体大分大院 鶴田侑己
オルゴール壊れ枯野に川二つ京都大 水野不葎
夜半の冬ジンジャーエール弾けたり愛媛大院 森川夏帆
性善説落としましたよ早椿東京女子大 光峯霏々
双六の姓を選択できるマス新潟 酒井春棋
淑気満つみんなみんな透明じゃない大洲 坂本梨帆
鐘霞む龍涎香に罅縷々と神奈川 沼野大統領
傀儡師森を錆びつかせつつ来る大阪 高遠みかみ
永遠を願わずにいる冬の虹静岡 海沢ひかり
【嵐を呼ぶ一句】
雪折やそうやって加害者は忘れる東京 池田宏陸
加害者「は」忘れる、だが被害者は。雪折とは積もった雪の重みで折れた枝や幹を指す。あらわな傷口を晒す樹に被害者側の生の困難が形象化された。「そう」の指す事象は、現実の社会に今も。強者の傲慢を抉り問い直す力が、この短い詩の丹田に滾っている。