公開日:2025.01.10
[青嵐俳談]森川大和選
平タガネを垂直に当て、チゼルハンマーに力を加えていくと、突き抜けた瞬間、ある層が一面に開く。多層状の石特有の美しさ。これはイヌブナか。栃木県塩原産の木の葉化石。「石のワンダー」展を見に、愛媛県総合科学博物館を訪れる。新春の長蛇の列の三世代。
【天】
ローソンの謝氏淡々と聖夜祝ぐ東温 高尾里甫
多様性社会の一場面。コンビニ店員の名札表記も柔軟になったが、「謝」の苗字は本物だろう。「淡々と」まじめな人柄。コンビニも労働も、聖夜も祝福も、経済的に記号化しかねない現代の危うさの中で「謝氏」の個別性が際立つ。ひいては自らの価値観に特殊性を認めつつ、一方で暮らし生きる人間的実存を希求する、半ば矛盾するような「私性」を我々に問い直す。
【地】
探梅や空を映せる髪のいろ松山 川又夕
夜の時間すなわち「陰」の極まる冬至の日のことを、もはや翌日からの「陽」の回復に主眼を置いて「一陽来復」と呼ぶように、晩冬ながら早春の気分に満ちた「探梅」のめでたさ。その空の、眼には見えぬ光の蠢きを、女の面妖な黒髪が、渾沌と映し出す。
【人】
駅へ走る人凍星へ歌ふ人神奈川 岡一夏
終電へ駆け込む人と、それも忘れ、駅前で肩組み歌う酔人の風景か。皆息が白い。年末の既視感ながら、「凍星へ歌ふ」爽やかさが、開放的で悪くない。
【入選】
鍋鶴が浮いてサロメの欲しきもの
神奈川 沼野大統領
狂ふ役終へてしづかに噛むセロリ 同 ギル
アスファルトの反射する黒桜桃忌 大阪 家守らびすけ
風花にトランペットの触れて濡る 三重 多々良海月
錬歩会のジャージ縦列山眠る 兵庫 西村柚紀
木枯に四肢を引つたくられまいと 大阪 葉村直
返り花「別れ道」てふ名のバス停 埼玉 伊藤映雪
懐炉振る度ポニーテール揺れてをり 新潟 酒井春棋
ストレートネックのつつくすっぽん鍋
愛知 野村斉藤
熱唱を無水カレーへ込め五日 松山 広瀬康
越えがたき壁の多きよおでん酒 岡山 杉沢藍
ナマケモノの爪切るしごと冬の月 愛知 樹海ソース
原発や押し流される浪の花 専修大 野村直輝
冬の海バターナイフのごと鈍く 京都大 水野不葎
追伸は二百年後の冬の星 八幡浜 福田春乃
心拍の波重ね着の内側を 四国中央医療福祉総合学院 坂本梨帆
歳晩の車窓を鳥のいない空 青森 夏野あゆね
雨は空の延長さたうきびの花 茨城 眩む凡
眼をさいご描く自画像や雪は水 愛媛大 柊木快維
【嵐を呼ぶ一句】
梟や元々電話たるスマホ大阪 ゲンジ
「スマホ」に「電話」の感覚の乏しい人が増えたとしたら、もう新たな次世代の誕生である。「梟」は知恵や繁栄の象徴でもあるが、ここではどこか不気味。