公開日:2024.12.27
[青嵐俳談]森川大和選
イブのミサを終えたばかりの聖堂。チャーチベンチを客席に。主を祀る祭壇の前に、フルートを携えた司祭をはじめ、オルガン、ピアノ、弦楽奏者とコーラスの一団が並ぶ。定番のクリスマスキャロルには皆が手拍子、子どもは踊る。披露された「世の人忘るな」は古く厳かな英国の聖歌。「フェリスナビダ」は明るいラテンの祝歌。ベツレヘムの洞窟を意味する「ハンベレン」は、歌謡曲の親しさを思わせるベトナムの賛歌。
【天】
青い毛布と牛の一日の咀嚼数茨城 眩む凡
「青い毛布と」という即物的な表現が絵画めく。バルビゾン派のトロワイヨンの「牛」を想う。「咀嚼」と言えば俗っぽくも聞こえるが、多ければ日に5万回も噛む生命の営みに、超然とした牛の気高さを感じる。
【地】
羊水の記憶みぞれの止みてなほ高崎女子高 奥田羊歩
雪と雨が同時に降る「みぞれ」の巧さ。雨が雪に育つ境界上の不安定な天気だからこそ、自己存在の奥底に漂う羊水の記憶を引き出すことができる。
【人】
冬あおぞら出せなくなった鳩たちよ長野 里山子
鳩出しはマジックの華。帽子、胸元、袖口。マフラーの下。風船割れば。めくる本。透けた鳥籠。盛況のショーの裏には、潜めたままの数羽がいたかも。冬青空が、飛び立たなかった数羽の余白に寂寥している。
【入選】
青アザを押すような恋檸檬嗅ぐ徳島文理大 凪の日
冬館揃えられたる鋲の靴東京科学大 長田志貫
凩の歌詞貼っているコメント欄愛知 野村斉藤
金屏風龍のにほひのチューバかな熊本 夏風かをる
句点より広がる余白蜜柑剥く静岡 四條たんし
舗装路の白き貝殻冬の雨兵庫 西村柚紀
濃霧いま段々畑のまた一段長野 沢胡桃
漱石忌甕に溺れてゐる心地愛光高 飯本真矢
ばら寿司をトレー容器に雪見舞西予 えな
あんぱんで押さふ年越蕎麦の蓋東京 桜鯛みわ
鯛焼うまし仏足石たふとし千葉 弥栄弐庫
掘炬燵茶碗の縁の柚子胡椒東京農大 コンフィ
優しさが短所となりて着膨れぬ京都 佐野瑞季
兎毛皮のコートに兎の耳がある愛媛大 柊木快維
群衆を眺めて鳴けり宵の鹿同 真名井ひゅう
葬式の夜や狸の尾の太し東京女子大 光峯霏々
許されるはずもないのに冬の虹専修大 野村直輝
冬茜色のジョギングシューズ履く愛媛大院 森川夏帆
弱暖房車字画の太き吊り広告埼玉 伊藤映雪
食洗機の湯気ほうほうと聖夜なり東温 高尾里甫
塩ビ管無尽蔵なり冬満月和歌山 よしぴこ
【嵐を呼ぶ一句】
宇宙人と布団正しく敷いた折静岡 東田早宵
宇宙人がなんと身近に存在するSF俳句。地球という星の日本の冬の文化に親しみ、寝具にまつわる挙措を体験させた日のことを、過去形にしたことも技。