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青嵐俳談

公開日:2024.12.20

[青嵐俳談]神野紗希選

 韓国大統領が宣言した「非常戒厳」は、一夜で解除に追い込まれた。政治を自らの生と直結するものとして戦う大衆、民主主義を守る議員、気骨あるメディア。今の日本にあの抵抗ができるか。私ならどうか。子に与える林檎を剥きつつ考える。

 【天】

船で暇落花生アイスを分ける大分大院  鶴田侑己

千年生きた人から冬の川になる東京  池田宏陸

 侑己さん、上五の直截な状況提示の呼ぶ滑稽、落花生アイスの地元感のじんわり親しい嬉しさ。言葉が、素材が、今を生きる一回性を再現する。宏陸さん、冬の川はもとは人間だったか。私たちの知らない新たな自然の摂理が、冬の川の哲学的な気配の由ともなる。

 【地】

樹皮の樹に張りつく力露時雨京都大   武田歩

 浮いて剥がれそうになりながら幹に添わんとする樹皮の粘りは、樹木の命のしぶとさを可視化する。露時雨が樹皮を重たく冷やしても漲る力に胸打たれる。

 【人】

わらべ唄生成さるる寒夜かな大阪   葉村直

 「生成」の語がAI技術を想起させる。郷愁すらも無機質に作り出す可能性。夜の寒さが、増殖するデータとしてのわらべ唄の怖さを、キーンと澄ませる。

 【入選】

訪ね来る栗鼠やサンクスギビングデー愛光高  飯本真矢

大根サラダ同棲まではいかぬ恋埼玉  伊藤映雪

改札を出れば聖樹を皆よける沖縄  成瀬源三

原発は安全ですか冬紅葉八幡浜    春乃

着ぐるみの中にて除夜の鐘を聴く神奈川    ギル

荒星を甘くしたやうなのど飴三重 多々良海月

鎌鼬ボトルシップの糸を張るノートルダム清心女子大 羽藤れいな

鯨にも足のあるころ星の声静岡  東田早宵

木枯の声帯として杉並木専修大  野村直輝

裸木や地球は丸いはずだった四国中央医療福祉総合学院  坂本梨帆

碑も墓も石ころとなり冬の朝愛媛大    悠生

病院の暮れやすき日や待ち時間今治   京の彩

いま凍てりいつか時計になる砂は東京科学大  長田志貫

マネキンの利き手はどっち雪催松山  近藤幽慶

荒星をはるかに据えるバス停よ立命館大   乾岳人

山の道豚運ばれて冬の朝愛媛大院  森川夏帆

Hey Siriどこや煤逃げしたおとん京都  佐野瑞季

雪女来てから襖よく滑る秋田  吉行直人

蛇穴に入りて電球はづす音茨城   眩む凡

川だってきっとさびしい泡立草愛知 樹海ソース

 【嵐を呼ぶ一句】

童貞聖マリア無原罪の御孕りの祝日のマーダーミステリー東京  立川猫丸

 「童貞聖マリア無原罪の御孕りの祝日」までが季語だ。季語だけですでに17音を超えている。キリストの母・マリアの生誕と殺人推理小説を並列することで、生と死をダイレクトにぶつけた。前半の古典的な言い回しと後半のカタカナ語のギャップも、絶妙なバランスでキッチュな味わいを出している。

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