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青嵐俳談

公開日:2024.11.29

[青嵐俳談]森川大和選

 我が家4人のクリスマス用意。アドベントカレンダーの奥に隠された菓子を先々覗く。細かなヒムロスギの枝を捩じり繋ぎ、一抱えのリースを掲げる。イブのコンサートに向け、楽譜を編曲する。LEDイルミネーションライトの通電を一本一本確かめてゆく。

 【天】

白鳥のこゑや夜空は未現像茨城   眩む凡

 白鳥群の切なる声に、夜空の奥、永遠に「未現像」なる渾沌の宇宙が蠢く。脈絡などない何かと何かが呼べば応え、時空を超えて繋がる世界。未知未開、未踏未詳の浪漫があって、白鳥はなぜか涙のように鳴く。同時作〈地上絵のやうな傷痕ゆきもよひ〉は治りきらぬ擦過傷の湿度が、雲から顕現せんとする雪の花の仕上げを急かす。大地も雪を恋う。雪原は雪の花野。

 【地】

クレヨンの太さ粗さに山眠る神奈川  高田祥聖

 緑少なく紅葉散り、落葉さらさら冬の山。これらの色合いを油絵のように塗り重ねたクレヨンの立体感。山の画を描き、眠り、夢の中なる山の意を具象する。

 【人】

神渡しシテの音無き槌を聞く京都  佐野瑞季

 シテやワキが槌を振るのは御能「小鍛冶」。勅命を受けた刀匠の宗近が、稲荷明神の化身の狐とともに名刀をこしらえる旨。この句が面白いのは、槌を置いた明神が今や遅しと風に乗り、出雲大社へ急く様子。

 【入選】

枯芒暗渠ぞ音のこぼれたる名古屋大   磐田小

龍淵に微熱のような角砂糖静岡  東田早宵

鹿の目の潤んでいたる此岸かな秋田  吉行直人

アロエの花電車ゆっくり進みます長野   里山子

降車せり椅子の木の実を知らぬまま大阪大  野村隆志

白息や成田がかくも遠いとは沖縄  成瀬源三

寒柝や血豆つぶれしこと告げず大阪   葉村直

息白し間髪入れず応援歌愛知 紅紫あやめ

手より陽の光が零れ鵙の声京都大  水野不律

幸の字は手枷のかたち冬麗東温  高尾里甫

銭湯の最後の客となる夜長埼玉  伊藤映雪

凩がト書のやうに吹きにけり松山   広瀬康

風紋の美しきセーターばかりなり三重 多々良海月

白露降るワンメーターのクラシックノートルダム清心女子大 羽藤れいな

霜の夜の生クリームのほの暗く東京農大  コンフィ

最初からそういえばいいのにおでん東京  池田宏陸

蛇逃げてなほ手にしがみつく怨み静岡 四條たんし

寒に入る工場わんわと螺子を産み神奈川 沼野大統領

大鷲や馬上の民の背に芯松山   川又夕

 【嵐を呼ぶ一句】

はつフユを吹くよユのとき眉上げて神奈川   岡一夏

 「初冬」の表記よりも明るく暖かく、滑稽。おどけた表情を見せ、眉の動きを加える。二読目には尖らせた口元も。「ひゅー」と吹く音に、時に口笛が混じり、厳冬の灰色の北風を呼び、ごうごうと凩が来る。

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