公開日:2024.11.22
[青嵐俳談]神野紗希選
岩手県北上市の日本現代詩歌文学館で、第2回きたかみ・鬼の国俳句フェスティバルが行われた。「怖い俳句」を募集した投句には、災害や戦火あり、幽霊や妖怪あり、恐怖もさまざま。人が「怖い」と感じるのは危険を避けるためのシグナルでもある。〈蟻つぶす子のうえ巨き指の影 高山佳風〉、奢る人類への警鐘として想像力が「巨き指の影」を引き寄せる。
【天】
世界樹を翔ちたる鳩よレノンの忌長野 藤雪陽
世界を支えるとされる一本の大樹が神話のモチーフ「世界樹」だ。世界樹が放つ鳩は平和の象徴。ジョン・レノンが凶弾に倒れた日なら尚更、平和への祈りは清らかに深く広がる。ささやかな命に希望を託す。
【地】
キュビズムの躰せつなし菊膾名古屋大 磐田小
パフェグラスしいんと細き秋思かな京都大 水野不葎
小さん、ピカソらの実践したキュビズムの絵は、肉体をさまざまな角度から描き、ばらばらにつなぎ合わせる。そのちぐはぐ感が「せつなし」と言われれば納得。菊膾がしみじみと味わいを加える。不葎さん、パフェグラスから秋思まで、滑らかに言葉の重心が移動する。「しいんと」から「細き」の接続も新鮮。
【人】
芋を煮る愛は質量か概念か愛媛大 悠生
愛という形而上的主題に日常卑近な芋を配合したのが、いかにも俳句的ギャップの面白さだ。ここにずしりと在る芋の質量が、愛の重さを想起させるか。
【入選】
実存や酢豚に入れるパイナップル埼玉 伊藤映雪
藷蔓の小山となれり悪阻果つ長野 沢胡桃
カンバスへ色なき風という仕上げ松山 広瀬康
禁止事項増ゆる公園星流る大阪 未来羽
天国は要らない秋の野に気球東京 ツナ好
彗星の垂れる車窓や新酒酌む千葉 弥栄弐庫
月は天心聖母子とそれ以外松山 近藤幽慶
秋光はボッチャの白きボールへと四国中央医療福祉総合学院 坂本梨帆
冬萌と雀一点透視図法兵庫 西村柚紀
酢洗ひの鰯ラジオに死生観神奈川 ギル
海よりもさつと塗る空秋の風同 高田祥聖
プリクラにforeverと書く秋の暮新潟 酒井春棋
秋暮るる黒板消しの粉光る立命館大 乾岳人
曇天の輝いてゐる枯野かな東京 池田宏陸
山青くして僕は秋思を背負わない長野 さとやまこ
インスタもテレビもながら胡桃噛む松山 一色大輔
電卓に摩耗の艶や新豆腐大阪 葉村直
鰯の黒漬今年の未練問ふノートルダム清心女子大 羽藤れいな
試し書くネネネネネネネ秋怖し東京 阿部八富利
【嵐を呼ぶ一句】
ワールドシリーズ洗濯ばさみ踏む秋田 吉行直人
アメリカ野球・メジャーリーグの優勝決定戦「ワールドシリーズ」を季語に用いた。家事をこなしつつテレビ越しに見る頂上決戦。スーパープレーに対し、こちらは洗濯ばさみを踏んだりしていかにも日常だ。地味に痛い足裏の感覚が、私の今ここを強く刻む。