朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2024.10.18

[青嵐俳談]森川大和選

 山頭火ゆかりの「一草庵」にて毎年恒例の俳句大会が開かれ、〈せせらぎに濁点打ちて牛蛙 三好真由美〉が当日の大賞に選ばれた。季語としての扱いを超えて、森羅万象における「牛蛙」の存在意義を炙り出そうとする「濁点」の把握に、作者ならではの眼力がある。

 【天】

鮭上る古き聖書のドッグイア愛媛大  永広結衣

 「鮭上る」が効いた。鮭の無骨な面構えと信者の敬虔さが通じる。遡上の鮭の活力と、腹にみなぎる数千ずつの生気とは、かつての読み手の意志に触れ、解釈と信仰が深まる感慨深さ。稚魚が生まれ、川に育ち、海へ下り、外洋の果に行きつく旅は巡礼や布教のよう。旅のはたての、時のはたてにある「ドッグイア」。

 【地】

ひがんばないつも視界の隅にゐて東温  高尾里甫

 群生する曼珠沙華の焔には、あの世の灯が混じっていると思っている。それが視界の隅にあるという危うさ。日常に貌を出す非日常との交錯、重層、同化、忘却。日常の顔をした非日常を切り出す詩形。

 【人】

惑星を探れるやうに桃剥けり松山  近藤幽慶

月褒める偽札みたいな語彙使ひ愛媛大  岡田快維

 比喩俳句も好きだ。剥けば滴る果汁には桃らしさもあるが、探りすぎると桃が傷みだす。後者、精巧な偽札のような褒め言葉は、古今東西、人間の常ながら、褒めすぎると月が傷みだす。無論我等も。

 【入選】

秋風やソルトサウナの外に椅子千葉 平良嘉列乙

菊黄花あり息子に譲る玻璃工房長野   藤雪陽

塗りなおす戦車のニスや星月夜松前   二宮妃

箱庭を砲身がはみ出してゐる甲府南高  斉藤巻繊

冷まじき水へ獲物と沈む鰐三重 多々良海月

冬隣ホッキョクグマの毛は透明埼玉  伊藤映雪

生えたての前歯明るし蕎麦の花千葉  弥栄弐庫

うすい雲ずぶ濡れの鬼灯の脈洛南高    転々

星月夜腕輪を金の蛇が咬む静岡  東田早宵

ざくろ食ぶ生命線を赤く染め東京  桜鯛みわ

槍投げの槍の秋思や刺さるまで同  池田宏陸

蜻蛉やトルコブルーの崩れ落ち同  加藤右馬

運動会本名もあだ名も嫌い名古屋大   磐田小

毛虫焼く母音揃ひし名の友と東京科学大  長田志貫

休暇果つ追悼文は来なかった八幡浜    春乃

推している人に推されて秋の空神奈川    ギル

メルちゃんのシンバルにせむ糸瓜花長野   沢胡桃

 【嵐を呼ぶ一句】

ジェーン・ドゥになりたい流星になりたい京都  佐野瑞季

 「ジェーン・ドゥ」は「なにがし」「誰それ」のように不特定の人物を表す英語の女性人称。個性を捨象した言葉。しがらみを取っ払いたい日もあろう。儚く、存在感を放つ「流星」の魅力も分かる。だが、それは時に数十万年の孤独な旅を耐えた煌めき。

最新の青嵐俳談