公開日:2024.10.11
[青嵐俳談]神野紗希選
私と世界の間の膜として存在するのが「体」だ。一言で体と言ってもさまざま。耳たぶ、瞼、こめかみ、肩、背中、ひかがみ、あしゆび、臍…。どこで何を感受するか。私が受け取った感触を繊細に丁寧にトレースすれば、世界はより確かなものとして身に迫る。
【天】
逆立ちの耳朶に重力黒ぶだう大阪 葉村直
逆立ちしたとき、耳たぶにふと重力を感じた。そうか、耳たぶにも重さがあるのか。ささやかな発見に見えない重力の存在が実感され、地球との繋がりを確かめる。黒葡萄の重量が、その体感を下支えして。
【地】
秋雷の夜の瞼の薄きこと福岡 横縞
もう下の名で呼んでゐる芋煮会京都 佐野瑞季
横縞さん、目を閉じても感じる雷の光。逆立ちの耳たぶのように、雷光を介して瞼の薄さを発見した。外界との膜としての瞼。夜の闇の中ではなおさら光に敏感で、すぐそこにむき出しの自然が迫る。瑞季さん、初対面の人同士もいつの間にか親しく呼び合うほどに芋煮会の雰囲気はくだけて温かだ。涼しく嬉しい夜。
【人】
美術館巡りて秋雨は無題松山 広瀬康
踊り場の造花さやけし裁判所大阪 平原陽子
康さん、美術館の展示を見て出れば、外の秋雨もまた作品のよう。「無題」の着地も鮮やか。陽子さん、裁判所の緊張感の一端を、踊り場の造花に象徴させた。淡々とした「さやけし」が無関心とも救いとも。
【入選】
国という国みな途上秋の蜂和歌山 よしぴこ
自白剤入りてふ葡萄パンケーキ八幡浜 春乃
鳳仙花試着の皺を伸ばしをり大阪 ゲンジ
貝塚の骨の釣針星流る千葉 平良嘉列乙
デジタルデトックスてか今日満月じゃん埼玉 伊藤映雪
ぴーちぱい依存しないでほしい人東京 池田宏陸
秋惜しむ水槽にファーストペンギンはいない洛南高 真枝
ぬいぐるみだった燃えかす秋彼岸大阪 電柱
揚げパンのきなここぼれる豊の秋愛知 樹海ソース
月明や遺跡のごとき子供部屋大阪大 野村隆志
秋思して特製ちゃんぽんの甘さ大分大院 鶴田侑己
鶏頭や汽笛の残滓遥かまで東京 加藤右馬
懐中電灯向けて秋思を大きくす同 阿部八富利
深爪やひとりで巡る文化祭洛南高 河本高秀
漱石の見合写真や小鳥来る高崎女子高 奥田羊歩
秋の蠅ヴィーナス像の腹を這ふ東温 高尾里甫
イーゼルの角度緩めて十三夜松山 川又夕
新涼ください温暖化の現場四国中央医療福祉総合学院 坂本梨帆
限界の限界の限界の満月兵庫 林山任昂
天高しと今年は何度言うだろう専修大 野村直輝
【嵐を呼ぶ一句】
鶏頭は家ではおとなしいタイプ秋田 吉行直人
鶏頭に人格があるように言いなした。外では強がるが実は大人しい性格なのか、と思いながら鶏頭を見つめていると、その赤の昏さが妙に腑に落ちる。