公開日:2024.09.20
[青嵐俳談]森川大和選
連日の猛暑日に耐え、残暑を迎え、ようやく少し雨が降り、草生い、花が狂い咲き、遅ればせに生る野菜も。蚊も増える。残暑に、かつての夏が在る。
【天】
コアラのマーチ顔見ず口へ子規忌京都 佐野瑞季
七七三のリズム。違和感のある下五を何度も声に出す内に、「□□子規忌」と二音のブランクを挟めばよいと分かり、馴染んでくる。病床にあってなお健啖だった子規のごとく、作中主体がうつ伏せで肘をつきながら、何かに没頭する高揚感が伝わってくる。同時作〈老犬の嗅ぐ名言の光かな〉も静かに巧く、意表を突く。
【地】
月光の譜面よ音符たるビルよ大阪 ゲンジ
三つ編みの先濡れてゐる休暇明京都大 弓
ビルを符、街を譜と把握した感性。癒えぬ哀切の情をわななき洩らすベートーベンの「月光」。曲の没入感に重なり、大都会に生きる人々の息遣いが耳元に迫る。後者は、乾ききらぬ休暇の非日常感を巧くモノに託した。三つ編みのまじめさを対比させた所にも技あり。
【人】
きりぎりす世阿弥観阿弥と鳴くなり大阪 葉村直
「能」の起源は「猿楽」。物まね等の短く滑稽味の強い演目が多い。句では、きりぎりすが「猿楽」を「能」へ大成させた二人を、繰り返し名指し鳴く。まるで人を食って真似るかのごとく。諷刺めく諧謔性。
【入選】
東京の名詞の全て灼けてをり東京 桜鯛みわ
本棚の続きを待っている蛍静岡 東田早宵
十月は街の形をしてゐたり東京 池田宏陸
転覆の金魚と屈折の金魚茨城 眩む凡
汝削ぎて呉れしハムなり星の秋東工大 長田志貫
飼い猫の消えて鶏頭撫でる昼松前 二宮妃
冤罪の舌の探してゐる無月松山 広瀬康
崩す膝も張る肘もなく茄子の馬熊本 夏風かをる
鈍感な姉に琥珀糖を処方千葉 弥栄弐庫
秋晴やこんなに開く足の指西予 えな
うそつきのナビに委ねる櫨紅葉神奈川 にゃじろう
遺跡より噴く鉱泉よ月の蝕長野 藤雪陽
願ひみな原糸体なる乞巧奠神奈川 高田祥聖
バラバラの肋骨ありし雲の峰愛知 紅紫あやめ
眼窩から草の実地雷除去機来る東京 阿部八富利
石鹸玉声なき声を閉じ込める熊本 貴田雄介
段差ごと鳴る自転車のベル良夜東温 高尾里甫
芒原ビニールボールの蛍光色兵庫 西村柚紀
駆けていた犬を偲んで朝の月神奈川 ひなこ
暗澹を集めて彼岸花の蘂神戸大 石崎智紀
【嵐を呼ぶ一句】
台風来そうオアシス再結成しそう秋田 吉行直人
異常気象の多い昨今、台風情報は欠かせない。しかし、作中主体は大ファンなのか、その不安も吹き飛ぶように、二〇〇九年に解散した英国ロックバンド「オアシス」再結成に歓喜し、眠れないでいる。