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青嵐俳談

公開日:2024.08.30

[青嵐俳談]神野紗希選

 短いがゆえに主語が省略されやすい俳句は、誰の言葉か。作者の生み出した言葉ではあるが、同時に、小説の全知の語り手のような、もっと透明ですべてを見通す「誰か」の声として、世界に響き渡る力をもつ。読者も「誰か」の視点を通して世界を俯瞰する。

 【天】

ドッグフードに蟻の群がる原爆忌八幡浜    春乃

銃声いつもこゑよりおほきくて真夏愛媛大  岡田快維

 春乃さん、上空から街を見下ろすように蟻を俯瞰する。爆弾を落とす人は、街で暮らす人を同じ人間と思っているか。79回目の原爆忌、今も地球に戦火は尽きない。快維さん、ペンは剣より強しと言うが、現実には、声は銃声にかき消される。銃声の響く瞬間、その人は何を叫んだか。真夏の光がその輪郭すら溶かしてゆく。同時作〈この薔薇も都市計画のそのひとつ〉も全体の構造に回収される個別の生に光を当てた。

 【地】

人類へ系統樹めく稲光大阪   葉村直

涼しさや偽の宝石にも光東京    渡心

 直さん、稲光の枝分かれを系統樹と見立てた。神から人類への黙示か。渡心さん、偽の宝石にも、光は宿る。涼しさがそのチープな光をも静かに肯定する。

 【人】

文具屋の裏のアトリエ秋の蝉洛南高    転々

 文具屋を営みながら創作活動を続ける人を想像した。秋の蝉がその孤独を、寂しいままに優しく包む。

 【入選】

弔問に来ぬ国ありて鶏頭花神奈川  高田祥聖

裏垢を消すアイコンは月夜茸京都  佐野瑞季

ぎなた読みのような恋かもハンモック愛知 樹海ソース

夜すこし水に似てゐる九月かな東京  池田宏陸

秋隣ケチャップで描く猫のひげ松山   広瀬康

ペディキュアひんやり暦は秋だそうノートルダム清心女子大 羽藤れいな

炎天や楽器に映る甲子園大阪   ゲンジ

大花野きみが課金をしてくれて秋田  吉行直人

仕舞はれて寂しき布となる浴衣東京  桜鯛みわ

溽暑かな簡易トイレの鉄臭く愛知 紅紫あやめ

夏炉にて妖精役の読み合はせ神奈川 沼野大統領

盆休み前夜なゐより始まりぬ新潟  酒井春棋

避暑宿や雲の切れ間のアルタイル千葉 平良嘉列乙

天性にひかりをこぼす旱星静岡  東田早宵

ランニングシューズ履き潰したる原爆忌松山  近藤幽慶

油へと泳がすコロッケの晩夏東工大  長田志貫

幼年の蘆火が闇に揺れやまず和歌山  よしぴこ

玉ねぎは飴色愛はドロドロと大分大院  鶴田侑己

香水の瓶に生家の明るさよ京都大   武田歩

そういえば遺品のベルト今朝の秋専修大  野村直輝

 【嵐を呼ぶ一句】

ロケットえんぴつみたいに転生して蝗神奈川    ギル

 独自の死生観が新鮮。ロケットえんぴつの芯が芯を押し出すように、輪廻転生の命が決まっているのだとしたら。文房具になぞらえるチープな死生観が命ひとつの軽さを物語り、かえってリアルに感じられる。

 

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