公開日:2024.08.23
[青嵐俳談]森川大和選
大中小かれこれ七玉。よく西瓜を食べた夏休み。お盆過ぎに、花笠模様のシールが貼られたJAみちのく村山・山形県尾花沢産西瓜を貰い受ける。豪雨被害のあった町から届いた一玉。その水も吸ったかもしれない。表面に少し傷がある。音を聞きつつ大切に切る。冷やす前に一切れ頂く。染みる甘み。産地を思う。
【天】
三段アイス愛国の前に自愛大阪 未来羽
気を抜けば溶けてぐらつく「三段アイス」の隠喩。食い、生きることに必死では、自国について考え、愛着や同一性を育むことは難しい。また、余暇を持つことが自愛だというのでもない。衣食住足りて、心身に生の充実があってこそ。自愛するのもまた至難。
【地】
翡翠や魚のわたか川の血か済美平成 夏野清暁
カワセミが水中から枝に戻り、獲物を吞み込むまでの一瞬をよく見た一句。魚のはらわたを「川の血」と把握した感性も鋭い。昔から雨に荒れる川を蛇や竜に喩えた。神の宿る川の怪偉を血の一滴で言い切った。
【人】
蓮の香やふくよかになる胸の音愛知 紅紫あやめ
宵闇を万の魚影や結婚す和歌山 よしぴこ
前者は上品ながら、思いを募らせた若き恋の句。蓮の花の香は爽やかで奥ゆかしいが、立ち姿は清く華やか。後者の魚影は吉兆。プロポーズに、ひた向きさと瑞々しさと、心に残る言の葉を与えたはず。
【入選】
風鈴の音を供物とする一夜香川 細川鮪目
一枚の瞼の上の夜涼かな大阪 葉村直
肉体をわけるしりとり夏座敷静岡 東田早宵
送り火の灰まだ温き朝かな京都 佐野瑞季
夏芝や踏む韻ゆるきイタリア詩東工大 長田志貫
草相撲勝者ふ菓子を獲得す神奈川 岡一夏
足抜けば水着の黒の脱力す北海道 北野きのこ
真中よりバター刳り抜く暑さかな東京 加藤右馬
硝子なる山葡萄なり盆のバー長野 藤雪陽
百日紅弱音の持って行きどころ兵庫 西村柚紀
蝉しぐれ記憶の中の僕のなか名古屋大 磐田小
乳白のぼかし徳利夏深し高知 豊哲
テント灼くオープンキャンパスの受付立命館大 乾岳人
七月果つ吾にピアス穴開かぬまま弘前大 佐藤木霊
満月や立方体の家に鍵東京 桜鯛みわ
かき氷なんと容易き別れかな神奈川 にゃじろう
七月や舌の届かぬ粉砂糖弘前大 葛城イブ
牛馬冷す机に藻塩の空き瓶ノートルダム清心女子大 羽藤れいな
【嵐を呼ぶ一句】
マスク焼けクリームソーダ的街へ熊本 夏風かをる
どんな街か。色味は万緑に日の重なり注ぐ盛夏の街。内容はもう少しメロウ。甘く気怠く、溶けて白濁する。マスクを取って、自分の呼吸ができるアジール。