公開日:2024.08.02
[青嵐俳談]神野紗希選
和歌や連歌に用いない俗語や漢語を、俳言と呼び、俳諧は積極的に取り入れた。およそ俳句にならないと思う言葉を敢えて取り込むのが、俳句の伝統なのだ。
【天】
茄子の牛第三宇宙速度へと松山 広瀬康
第三宇宙速度とは、太陽の引力を振り切り太陽系の外へ脱出するのに必要な速度を指す。お盆に祖霊を乗せる茄子の牛が、宇宙へ飛び出す勢いで進み出す…。科学と習俗がぐにゃりと融合し、新世界が開けた。
【地】
桃の皮剥げば濁音やはらかに茨城 眩む凡
立駐を王墓とおもふ熱帯夜名古屋大 磐田小
眩む凡さん、桃の皮の柔らかく厚い重みが、柔らかな濁音の発声と感覚的に連動する。小さん、立体駐車場を古墳のように見立てることで、現在の文明もまた遺物となるのだと気づかされる。熱帯夜の見せる幻。
【人】
手花火の供花めきたるバケツかな神奈川 高田祥聖
行きつけのランチ値上がり汗拭う岡山 杉沢藍
祥聖さん、燃え尽きた手花火をバケツの水へ。墓参りの際の供花も、そういえばバケツに入れて運ぶ。闇の火が、ふっと死者の気配を身近に引き寄せる。藍さん、物価高の現状を生活者の視点から素直に詠んだ。下五の動作が、しんどさとともに、私が今たしかに生きていることを物語る。
【入選】
アムスメロン匙ゆつくりと深淵へ松山 川又夕
針金の児相のフェンス蔦青し大阪 電柱
梅雨曇「おはよ」「トランプ撃たれたね」専修大 野村直輝
メロン食ふなんてデートですよそれは
東温 高尾里甫
アトリエにモデルの数の日傘かな 東京 渡心
むらさきの西日下駄箱まで届く 甲府南高 斉藤巻繊
フラミンゴの母乳の赤し旱星 長野 藤雪陽
本棚に仕舞う耳栓半夏生 静岡 東田早宵
ゴジラより高き雲見ゆ汗拭ひ 大阪 未来羽
リノリウムに寝落つ 汗ばむ手術痕
立命館アジア太平洋大 栗原鴻
夏シャツを着た先生の合図待つ 立命館大 乾岳人
蝉しぐれ諸説ばかりの本能寺 慶応大 ぞんぬ
誘蛾灯僕には僕が足りてない 愛媛大 岡田快維
夏休み琥珀に閉じこもつてゐる 千葉 平良嘉列乙
何処にでもありそうな夏雲と青 大分大院 鶴田侑己
向日葵や自由を選んだあなたへ
四国中央医療福祉総合学院 坂本梨帆
蝉の声嘘をつくことを知った。
東雲女子大 田頭京花
涸らびたる死に輪郭や蟻の群 東京 桜鯛みわ
薬散る月の涼しき文机に 大阪大 野村三頭身
俎板に真白き布巾メロンの香 高知 豊哲
【嵐を呼ぶ俳句】
若き日のわたしは他人せんぷうき八幡浜 春乃
「わたし」は一貫した揺るぎないものではなく、刻々と変化してゆく存在だと捉えた。若い頃の自分を振り返ると、もう遥か昔のことで、なんだか他人のよう。扇風機が小道具として過去と現在を媒介する。私という存在をどう考えるか、哲学を秘めた句想だ。




