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青嵐俳談

公開日:2024.07.05

[青嵐俳談]神野紗希選

 「悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた」(「病牀六尺」明治35年6月2日)。困難の山積する現代も平気で生きるのは難しい日々だが、それでも死より生を見つめる子規の言葉に、気づきと励ましを受け取りたい。

 【天】

死後などは無く炎昼のショーウィンドウ和歌山  よしぴこ

生まれ変わるなんて蛍の無責任松山  若狭昭宏

 よしぴこさん、死後は生者の幻想に過ぎず、命が終われば消えるのみか。炎昼の街角が軽薄にして圧倒的な現世を象徴する。昭宏さんは〈じゃんけんで負けて蛍に生まれたの 池田澄子〉を踏まえつつ、生まれ変わるのを無責任と捉え、もがきながらも現世と向き合う態度に重きを置いた。炎昼のように苦しく蛍のように儚い現世を、それでも生きる覚悟が見える2句。

 【地】

幽霊は僕の引越しを知らない東京女子大  光峯霏々

濃紫陽花むかしはよかったなんてうそ八幡浜    春乃

 霏々さん、幽霊は僕のいない空っぽの部屋で途方に暮れているか。春乃さん、昔は良かったというけれど本当に? 思い出補正で今を嘆くより、過去の苦労や悲しみを忘れずに未来を見つめていたい。

 【人】

空豆やはぐらかされる死後のこと秋田  吉行直人

でもけれどしかしそれでも髪洗う松山   広瀬康

 直人さん、空豆の明るさについ、考えるべきことを忘れそうになる。同時作〈トングカチカチ小満のベーカリー〉〈花は葉に紙スプーンはふにゃふにゃに〉の軽やかな現在性も佳き。康さん、接続詞を四つも重ね、逡巡する今を表した。主題の普遍、技術の更新。

 【入選】

部屋干しや窓が端から黴てゐる岡山   杉沢藍

くちびるに清水へだてて指の熱大阪   葉村直

空蝉は不眠の水に触れてゐる東京工大  長田志貫

海の日の花屋のみづの静かなる京都大   武田歩

夏草にぼたりと恐竜の涎青森 夏野あゆね

蜜豆の匙に懐かぬ豆もゐて京都  佐野瑞季

天地始めて粛す安納芋ソフト香川  細川鮪目

百日紅友よ青痣隠せしか愛知 樹海ソース

みんな何かに負けているビアガーデン松山  近藤幽慶

銃創を汗は歪んで流れけり愛媛大  柊木快維

控え目のヘドバン梅雨の星星星ノートルダム清心女子大 羽藤れいな

蝶といふ光こそばし花菖蒲愛知 四條たんし

空缶に割箸を刺すキャンプの夜岡山    ギル

ゼリーふるふる夕雨の独り言東京  桜鯛みわ

砂糖水マイノリティとマジョリティ西予    えな

神保町魍魎ノ匣紙魚ノ國長野   藤雪陽

寝汗を着替える専修大  野村直輝

 【あと一歩 青葉のスゝメ】

鍵穴のような西日や失恋す東温  高尾里甫

 キーワードの共鳴度は高いが、直喩で曖昧に。〈鍵穴を充たす西日や失恋す〉等、鍵穴と西日の関係を描写することで、失恋の切ない質感がより伝わるはず。

 

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