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青嵐俳談

公開日:2024.06.28

[青嵐俳談]森川大和選

 校内で最も人通りが多い武道場前の軒下に、今夏、燕が営巣した。皆歓迎し、抱卵を見守った。ある早朝、数学教師の撃退も空しく、カラスに襲撃され、巣は崩れ落ち、卵もまた。傍を離れぬ番いの飛形。夜には巣の残骸に身を寄せて止まり、眠る憐れ。胸が痛い。また数日して、真新しい泥が光る巣を仰ぎ見る。修復を終え、乾けばその中に、一羽が長く腰を据えている。

 【天】

雨止んで遠くの祭囃子また慶応大   ぞんぬ

 臨場感が出ている。お囃子の届く所が祭の現場。練り歩く神輿や山車が「遠く」とも求心力を持つ。雨に中断された心配を経て、再び、いや先程よりも高揚する心。「また」が巧い。呟けば口角が綻ぶ。

 【地】

問診に丸付けていく芒種かな新潟  酒井春棋

 通院の場面は心配だが、穂に実る穀物の種を蒔く時季を表す「芒種」が明るい。水を張った田に、等間隔に植え付けられた早苗早緑。書き足されてゆく問診の丸も、どこか豊穣を喚起する。大事には至るまい。

 【人】

ががんぼや現像液の臭うシャツ秋田  吉行直人

 暗室から出てきた眼光鋭い大男を想像する。現像工程の一つ一つにポリシーがある。一瞥、迫力もあるが、無害な「ががんぼ」の滑稽味が混じるあたり、根は全くの善人だろう。しかも多分、無口でもない。

 【入選】

黄金虫止まる鞄の中に闇愛媛大    羅点

梅雨の星きれいで鳥の胃に小石茨城   眩む凡

ヨットの帆校旗と風を同じうす大阪   葉村直

昼寝覚タキオン粒子だつた耳松山   広瀬康

郭公と四角四面に響きけり神奈川  高田祥聖

茄子漬やゆびの節にも在る遺伝東京  桜鯛みわ

滝壺に水裏返るうらがへる三重 多々良海月

山笑ふ希臘の神は素つ裸埼玉  伊藤映雪

石板の涼しき言語読まれざる東京  池田宏陸

積む牌の罅割れ確として涼し東工大  長田志貫

犬の髭上がるプールに飛び込んで東京女子大  光峯霏々

思春期の好きな漢字のような蜘蛛岡山    ギル

嘔吐くとき丸まる背中蝶生る大阪   未来羽

たんまりと蚕地球の妖気食む東京農大  コンフィ

絶食の明けしゼリーの重き匙京都  佐野瑞季

自転車のポツン未完の夏休み大阪    電柱

黒南風や四肢のくびれの光る馬松山   川又夕

輪郭を忘れ海月の沈みゆく学習院大 はんばぁぐ

 【嵐を呼ぶ一句】

マルワリード用水駆くや新樹光長野   沢胡桃

 故中村哲医師がアフガニスタンに引いた用水路の全長は27キロ。今も65万人の生命を繋ぐ。現地の人々は中村氏に親しみを込めて「カカ・ムラド(情熱のおじさん)」と呼ぶ。水駆け、子ども駆け、希望駆く。水路に沿って多く植えられたシーシャムの美しき新樹光。

 

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