公開日:2024.06.14
[青嵐俳談]森川大和選
探究活動の一環で高校のプールサイドに里芋を育てている。専門家を招き、粒状培土にバーク堆肥を混ぜて土作りから。発芽した15株に水を欠かさない。まだ小さな芋の葉が、広々と美しく伸びる、梅雨が来た。
【天】
廃校のプールに鮫を放つ夏香川 細川鮪目
むろと廃校水族館には、小学校跡地の25メートルプールに実際にサメや海亀が泳ぐ。「放」った日の過疎の町の活気やいかに。子に大人、生き物の目も輝く。一方で、水乾き、塗料剥落し、底の灼けたコンクリートプールに、思い出を守る虚構の鮫を放ってもよい。
【地】
少年の肋を研げり薄暑光和歌山 よしぴこ
戦中の痩せた肋(あばら)を思う。腹は減り、目は鋭く、心を追い立て、戦へ発つ少年の姿。初夏の汗はすぐにカラリと乾くものだが、その汗が持つかすかな粘りを意識すれば、武器を研ぐ少年の膚(はだえ)が、我が身を覆い、張り付き、呼吸を苦しくさせる。
【人】
思ひ出すやうに死火山滴れり神奈川 高田祥聖
蝶生る蜂蜜の香を纏ひつつ愛知 四條たんし
時に数百万年ともいう火山の寿命。そのどれを思い出し、映し込みながら、滴り出だす無二の雫か。雄大かつ繊麗なるロマン。後者には、多くの蝶が時の満ちるのを待つ。飛び発てば一斉。光の帯が空に打ち重なり、山吹色に塗りわたす。甘やかに極楽めく。
【入選】
まつろわぬものに白樺青嵐長野 沢胡桃
万緑や今も補修のインカ橋三重 多々良海月
短夜を分離してゐるインクかな千葉 平良嘉列乙
夏の夜の彼女はBOBと呼ばれたがる千葉大 辻村栗栖
くちびるを水羊羹の駅にする大阪 高遠みかみ
若葉雨眼は穏やかな湿地帯東京女子大 光峯霏々
滝落ちて水に烈しきうらおもて茨城 眩む凡
雨吸はれ山百合の香となる夜も東京 渡心
水蚤の遊牝みたる夜や五月忌長野 藤雪陽
家畜車のゆるゆる曲がる余花の門北海道 北野きのこ
はつ夏の風駆け抜ける材木店埼玉 伊藤映雪
転ぶ子と転がるラムネ瓶の音青森 夏野あゆね
底鋲の跡のソファや夏兆す大阪 平原陽子
手の甲の触れて涼しきコイントス西予 えな
河童忌やホテルの煤けたる聖書大阪 未来羽
蟹海月魚屍揚花火洛南高 本高し
麦の秋陽だまりという檻がある専修大 野村直輝
ライフルを骨で支える南風大阪 ゲンジ
【嵐を呼ぶ一句】
どあがしま嗚呼青嵐いください兵庫 林山任昂
「ドアが閉まります。ご注意ください」は電車のアナウンス。その扉の開閉の間に、初夏の緑を潜る一陣の風が車内を吹き抜ける喜び。大胆な作りながら、その意図が分かれば、季語もよく生きている。