朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2024.05.24

[青嵐俳談]神野紗希選

 3年前に植えた常緑山法師に、この夏、はじめて花が咲いた。浜辺の貝殻より小さなひとひらが嬉しいのは、待ち望んだ時間があったから。雌伏の年月が瞬間を輝かせる。花の咲かない時間も無駄ではない。

 【天】

さっきまで星を指してたアスパラガス北海道 北野きのこ

 朝採れのアスパラガスだろう。大地に直立した状態を独自に形容した中七が見事だ。夜のみずみずしさが引き出され、宇宙の生んだアスパラガスが眩しい。

 【地】

虚子の忌を貫くバーガーのピック千葉 海亀九衛門

連山の襞の弛まず南風名古屋大   磐田小

 九衛門さん、ハンバーガーを貫くピックというアメリカンな素材に高浜虚子を取り合わせたキッチュな楽しさが楽しい。虚子の代表句〈去年今年貫く棒のごときもの〉を想起すれば、バーガーの矮小化に諧謔が跳ねる。小さん、「襞」まで述べてくきやかな大自然が広がった。凜々しくエネルギッシュな夏が溢れる。

 【人】

毒色のメロンソーダが運ばれ来愛知 樹海ソース

警備員麦藁帽にヘルメット三重 多々良海月

 樹海ソースさん、「毒色」の把握が絶妙。メロンソーダの毒々しいまでのビビッドな存在感よ。海月さん、ちぐはぐな状態に日常のリアルが表れる。同時作〈殺すのに良い日和よと繭干せり〉の残酷も人間だ。

 【入選】

根菜に黒酢の絡みよく立夏千葉  弥栄弐庫

じんわりと黴に吸はれてゆく洗剤東京農大  コンフィ

朧ごと掻っ込む熱き茶漬けかな秋田  吉行直人

フリージア果てはひかりのふりをして大阪 高遠みかみ

メーデーや飛沫烈しくオートバイ東京  加藤右馬

桜並木抜けて自我の芽生えかな愛媛大    羅点

ゴールデンウィーク羊の唾熱し神奈川   岡一夏

八十八夜の道路軽トラの痕立命館大   乾岳人

羊水は光を知らず夏怒濤京都大   武田歩

フイルムの雨くろぐろとして蜥蜴東工大  長田志貫

新緑やあなたへふさわしき切手大阪   ゲンジ

卵黄に膜つんと張るみどりの日同   葉村直

虞美人草前世のやうな夢を見て東京    渡心

猫の尾の消ゆる夏への扉かな松山   広瀬康

忙しい今がいいのよクローバー西予    えな

夏の川すべてのifを集めれば東京  池田広陸

王朝の途絶へ満天星躑躅咲く京都共栄学園    鯛石

靴擦れのパンツスーツや春の朝松山  泉ゆずの

虎が雨エレベーターの下に発条東京女子大  光峯霏々

クランケのねむりはふかくあやめ咲く広島    出女

ファンレターの字のするすると夏来る八幡浜    春乃

 【嵐を呼ぶ一句】

追伸 手の広さを知る苺狩りノートルダム清心女子大 羽藤れいな

 苺狩りで「手の広さを知る」着想がまず新鮮だ。苺を載せる掌。さらに「追伸」で、誰かに伝えたかった気持ちが滲む。素敵な追伸を貰ってわくわくする気持ちを、読者も「あなた」となり受け取る魔法。

 

最新の青嵐俳談