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青嵐俳談

公開日:2024.05.17

[青嵐俳談]森川大和選

 高さ七尺、枝の幅二尋(ひろ)半。枝葉旺盛。今夏は手製の棚にマスカットの花芽が三十近く付いた。素人ながら花切りを行い、あえてジベレリン処理は行わず、秋の収穫を待つ所存。〈金銀瑠璃硨磲(しゃこ)瑪瑙(めのう)琥珀(こはく)葡萄哉 松根東洋城〉は仏典に説かれた七宝の「珊瑚」を「葡萄」に取り替えたもの。珠玉に見紛う葡萄の実の美しさよ。

 【天】

春の夜の首に瑪瑙の鍵かけて静岡  東田早宵

 瑪瑙のペンダント。色はマリンブルーが似合う。それを首に「かけて」、鍵を「かけて」いる。鍵は比喩。瑪瑙にまつわる一切の記憶を封じている。傷は癒えていない。「めのう」と呟けば、美しく哀しい音の湿り。その先は、春の夜が奥深く濡れている。

 【地】

夏近しインカの塩を鉄に煎る大阪   葉村直

 白亜紀の海底が隆起したアンデスでは、地下塩水を天日凝縮させ、純粋な塩を得ていた。仄かに黄色いそれを煎ってさらさらに乾かせば、砂金さながら、かつての繁栄の帝都を思わせる。日本に訪れる今夏の炎帝が、遠く古く、インカの黄金を照らし出す。

 【人】

風薫るつむじをふたつ戴いて東工大  長田志貫

 薫風になびく柔らかな髪。ふたつのつむじを、まるで王冠のように「戴いて」眠る吾子。尊く抱き、誇らしく見つめ、微笑む。滋味に富む下五の把握。

 【入選】

花衣脱ぐや牛乳買ひ忘れ神奈川  高田祥聖

ベビーカーから喜びの足や蝶千葉 平良嘉列乙

ビルの壁機体を一斉に映す茨城   眩む凡

ダムに沿ふ県境の村花曇東京  加藤右馬

双子山笑ひあふなり殊に兄神奈川   岡一夏

春風を連れて酒場に集ひけり新潟  酒井春棋

若夏のパスタをねじる木のトング松山   広瀬康

アムリタとして甘酒を飲んでゐる三重 多々良海月

犯人と思へば美しき泳ぎかな松山  若狭昭宏

春愁がドレッシングを掛けすぎる東京  池田宏陸

一人称「わたし」を覚えはじめ梅雨兵庫  西村柚紀

手を繋ぐような金網春の草東京農大  コンフィ

捨てられぬ物に囲まれ夏来たる愛知 紅紫あやめ

秋風鈴外し葬儀の日は未定埼玉  伊藤映雪

花は葉に息を忘れてしまつてた西予    えな

陽光満ち満ちてチューリップ爆ぜる千葉  弥栄弐庫

ゆく春やあなたの歳をこえました四国中央医療福祉総合学院  坂本梨帆

 【嵐を呼ぶ一句】

飛魚や二十歳になっていく私大阪大  越智夏鈴

 この直球を愛する。今でなくていつ詠めるか。人生の大切なことは不可逆な時の中で、いつも不意にすれ違い、過去に飲まれ、じんと後悔する。この句ではそれをものともせず、二十歳を前に、むしろ羽を広げ、屈託なく全速力で飛びきってみるつもりなのだ。

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