公開日:2024.05.10
[青嵐俳談]神野紗希選
影は、そのものらしさを透かす。欅の影は太く細かく、シーグラスの影は碧く、揚羽の影は不確かにひらめく。影を通して実体を見るという迫り方もある。
【天】
金堂の奥の真闇やかざぐるま京都 中華もづく
金堂の奥なれば真闇も華やぐ。風車の乾いた明るさも、歴史の凝る湿った闇と対比を深める。同時作〈てふてふがはたりと天を折りかへす〉も格高し。
【地】
不惑の火くべるごとまた青嵐は東京 武者小路敬妙洒脱篤
天使魚やラテアート容易く崩れ神奈川 ぞんぬ
敬妙洒脱篤さんは不惑を迎え、最後の投句。青嵐俳談への挨拶句が嬉しい。不惑も互いに火を灯し、言葉を育ててゆこう。同時作〈肺胞のきわまでほぐれゆく蓮見〉の感覚の冴えもくきやか。ぞんぬさん、水槽のあるカフェか。美は崩れやすく、ゆえに眩しい。
【人】
水筒に銀の暗がり菜種梅雨茨城 眩む凡
かざぐるま楽しかったです平成東温 高尾里甫
眩む凡さん、中七の把握が詩的かつ的確。菜種梅雨の明度とも合う。里甫さん、風車のからから回る軽さが、平成という時代の空転する明るさと響き合う。
【入選】
嬰寝かしつけドーナツの輪に春光神戸 染井つぐみ
卒業やコントラバスのエンドピン高知 豊哲
夏立ちて唄ひつつ鍾乳洞へ東京 加藤右馬
猫ミームの猫季語に似る徂春かな神奈川 高田祥聖
花は葉に死は詩に僕は君の目に松山 広瀬康
春愁のマネキン陰部なき無性大阪 ゲンジ
重力はやさしき力鯉幟東工大 長田志貫
うちがはの赤きを見せて雉猛る大阪 葉村直
葉桜や終生スピログラフ的なノートルダム清心女子大 羽藤れいな
とろとろと風車うとうととネモフィラ秋田 吉行直人
蜃気楼ごっこするとき手はひらく大阪 高遠みかみ
哺乳瓶吸うマナティーや夏隣千葉 平良嘉列乙
蝌蚪泳ぐ壁画のやうに硬きみづ大阪 未来羽
アステカの夜空の石板春の闇大阪大 越智夏鈴
辛口のカレーと失恋のようず大分大学院 鶴田侑己
例えばイルカがぽよんぽよんしてるようにあたたか長野 里山子
薫風やパエリア鍋をこそぐ匙東京 立川猫丸
下萌やロボットに穴なき鼻腔岡山 ギル
パーカーにパーカー重ね花の冷え愛知 紅紫あやめ
旋律に聖性のあり半仙戯神戸大 石崎智紀
春の日の東京 私だけの言葉愛媛大 広瀬雄大
雑貨屋をまわりフィナンシェ花疲れ西予 えな
【嵐を呼ぶ一句】
朧夜の赤信号や神死せり兵庫 林山任昂
神様も母親がおり雲の峰東京女子大 光峯霏々
神様をどう捉えるかは、何を信じて生きるかという命題と結びつく。任昂さん、信じるものの失せた茫漠を朧が象徴する。赤信号と停滞は連想が近いので、青信号でも面白いかも。霏々さんは、神様を人間の感情で捉えようと試みた。雲の峰が立派で圧倒される。