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青嵐俳談

公開日:2024.04.26

[青嵐俳談]神野紗希選

 玄関脇のブルーベリーの木が、今年も花をつけた。釣鐘状の白い花の付け根、萼に淡く兆した水色が、春空のパステルブルーのかけらのよう。造化の不思議。

 【天】

遺伝的浮動ふうせんみんな青秋田  吉行直人

 環境における遺伝子の有利/不利がもたらす自然淘汰と違い、遺伝的浮動とは、特定の遺伝子の割合が偶然に変動する現象を指す。青ばかりの風船も、赤より好まれるとかではなく、たまたまの結果か。この世界は偶然で出来ている。青空に風船の青が溶けてゆく。

 【地】

切株を罅の漲る弥生かな神奈川   岡一夏

初桜傷に食ひ込む抱つこ紐兵庫 染井つぐみ

 一夏さん、罅の乾きを「漲る」の生命力で満たすのが、まさに弥生の季節感。アンビバレントな措辞が、パワフルに足もとを輝かす。つぐみさん、傷に食い込む抱っこ紐、痛々しい。それでも抱き続ける育児の苦しさに、初桜が押しつけがましくなく寄り添う。

 【人】

鳥の糞拭ふ啄木忌のワイパー岡山 真井とうか

こはがりのおほきな犬と夕桜八幡浜    春乃

 とうかさん、鳥の可憐や糞のわずらわしさが、青春の瑞々しさと人生の苦しみとを抱いた石川啄木の境涯と響き合う。春乃さん、大きいのに怖がりのは、きっと優しい犬。夕桜の光にもほのかに怯えているか。

 【入選】

どの窓も空のうらがは春出水東京  池田宏陸

風車落とす地に着くまで回る大阪   葉村直

タロットの月はうつぶせ霾れる茨城   眩む凡

スラックススカート蝌蚪に足は生え神奈川  高田祥聖

雨後の校庭夜ざくらの発酵す東京  桜鯛みわ

くらべるにかなしき捨蚕ごとの思惟東工大  長田志貫

黙祷の友の横顔かげろへる愛媛大  岡田快維

春手袋出してやつぱり仕舞ひけり学習院大 はんばぁぐ

守るものある人毅し落雲雀専修大  野村直輝

土地神の去らむ麦の穂まばゆけれ神奈川 沼野大統領

春愁の引継ぎ書まだスクロール大阪    詠頃

馬の鼻まづ若草の真中へと松山   川又夕

君はカメラ僕は句帳を飛花落花名古屋大   磐田小

花冷やラムネ色なるレントゲン東温  高尾里甫

マシュマロも嘘も花菜も蝶となれ埼玉  伊藤映雪

切り分けしフォンダンショコラ山笑ふ今治   京の彩

春の風邪まだ書き飽きぬ私の名京都大   武田歩

チューリップの花弁の奥底の暗渠松山    或人

春霖やボーカロイドの錆びた声京都共栄学園    鯛石

ゆきとけてうみへとほぐれてゆくことば愛媛大  広瀬雄大

 【嵐を呼ぶ一句】

大学はバ畜卒業して社畜群馬   西村棗

キッチンもホールも四月らしパスタ千葉 平良嘉列乙

ごきぶりを六匹飼っている田口愛知 四條たんし

 俳句は575に区切らなくとも、全体のリズムがよければOK。最後の3音で落とすパターンで3句。しらべのだらだら感、疾走感も内容とリンクする。

 

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