朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2024.02.23

[青嵐俳談]森川大和選

 不器男忌俳句大会を催す松野に遊ぶ。句友あれば、時の僅かも吟行へ。地酒「野武士」の蔵元は、仕込み只中にして朗らか。話の間に大笑いを三つ重ね、各々謹製「酒の粕」を提げて帰る。何はともあれ新鮮なうち。昆布と干し椎茸の出汁に迎え入れた粕汁は、鮭や大根の香を深く引き立て、後味の澄む潔さ。声が漏れる。炙ったそれに黒糖巻けば、馥郁として時に清酒、時に洋酒に変幻し、とどめ難く、酔うや詠うや。

 【天】

海に連綿シーラカンスの呼ぶ雪は静岡  東田早宵

 おとぎ話を紡ぐ素敵な純度。海上に降りしきる雪の連綿。着水。ところが、どの雪も解けることなくしんしんと、静謐なシーラカンスの深海へ続く。心音が海を揺らし、闇を揺らし、雪を揺らし、かそけく。

 【地】

家の鍵閉めて春満月と寝る兵庫  西村柚紀

 「春満月」の見える窓だけを開けて眠りに就く景。内なる高揚感と少し冷えた自室。そして「春満月」を抱き枕にして眠る安心感と読めば、もう夢の中。

 【人】

ミルフィーユ崩して春の出来上がり大分大院  鶴田侑己

立春といふ音たててサラダ噛む愛知 四條たんし

 「崩して」に手柄。香り立ち、食めば口福。その喜びを加えた「春」よ。後者は述べ方の妙。彩り野菜の新鮮さ。春光浴びるフォークの首の細さ。

 【入選】

吊り革に吾という袋下がる寒千葉  弥栄弐庫

この海を鮫の孤独が濃くさせる兵庫  林山任昂

蜂蜜に沈んで春を待つ呼吸大阪   未来羽

椿病むやうに終わりが来る恋の松山 板尾奈々美

猟期果つ風に風化を赦されて西条   広瀬康

新雪の轍の描く星の向き西予    えな

まず膝を曲げる練習日脚伸ぶ静岡 桃園ユキチ

春昼やサラダを跳ねるドレッシング三重 多々良海月

性別はないです暖房の境群馬   西村棗

答えなき地下鉄を出て冬木立八幡浜    春乃

まつさらな机に寒の戻りけり東京  加藤右馬

初雪や掩体壕は鯨めく日本航空高  光峯霏々

カラメルの煮立つ理科室鐘氷る兵庫 染井つぐみ

顔を縦に伸ばして氷柱落としけり秋田  吉行直人

受験期や我が名に直線の多き大阪   葉村直

年の豆羽化を待ちたるように枡千葉 平良嘉列乙

椿焼べ入滅の火となりにけり岡山    ギル

 【嵐を呼ぶ一句】

春隣自己紹介のための趣味京都共栄高     敢

ふしあはせ迎へるための鍵や春洛南高   コッス

 「ための俳句」は作為的になりがちで見せ方が難しい詠み方だが、この二句は「ゆるさ」を上手くテーマに定めた。春休みにこしらえた趣味のおぼつかなさ。覚悟をしても不安が募る新生活では、「鍵」の存在感もそれが跳ね返す春光も、どこか模糊としている。

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