公開日:2024.01.19
[青嵐俳談]神野紗希選
隅田川沿いを歩けば、ほの白い光が次々に水面を流れてゆく。水母だ。潮の満ち干により、東京湾からたゆたってきたらしい。水母は夏の季語だが、冬の水母もまた良し。現実に出会った驚きを核に詠みたい。
【天】
煩悩は本能除夜の道を駆く大阪 未来羽
吹雪倒れの巨人は丘となる 植樹長野 藤雪陽
未来羽さん、「ぼんのう」「ほんのう」と音を重ね、煩悩も人間の奥底にくすぶる本能なのだと肯定してみせた。駆け抜けるエネルギーが煩悩を吹っ切るか。雪陽さん、新たな神話の創生。巨人だった丘に植樹する…、過去を未来へ引き継ぐ意志に光が差す。
【地】
狼を滅ぼした国性加害千葉 平良嘉列乙
ロケットに永久なる船出冬木立洛南高 久磨瑠
嘉列乙さん、絶滅したニホンオオカミ。ここでの狼は何の象徴か。消えゆく弱者を尊重できない国と捉えれば、解決への出口はまだ暗い。久磨瑠さん、永久とは帰還不能を意味する。ロケットの覚悟を見送った私たちは、冬木とともに、ただ静かに地球で生きる。
【人】
ネタバレの口を手袋にて塞ぐ秋田 吉行直人
絨毯にポテチの破片あの夜の西条 広瀬康
直人さん、未見のコンテンツの展開を知りたくなくて、話そうとする相手の口を塞ぐ。親しい間柄だと分かる行動。康さん、絨毯にポテトチップスのかけらを見つけ、こぼした人や、その人がいた賑やかな夜を思い出した。ぽっかりと淋しい。いずれも現代の人間関係に、手袋や絨毯の季語がナチュラルに生きている。
【入選】
クリスマス机に置いてある地球洛南高 河本高秀
帆船に永遠の順風ペチカ燃ゆ神奈川 長谷川水素
深海の色の液晶冬銀河沖縄 南風の記憶
去年今年抜くのを諦めたジェンガ東温 高尾里甫
手袋やこころ映さぬレントゲン大阪 ゲンジ
みぞれはねむれなかった雪東京 池田宏陸
餅に餡からめて陣痛のしじま静岡 東田早宵
アカペラのバス担当は冬の波東雲女子大 田頭京花
寒雷直撃もとより塔に貌は無し神奈川 いかちゃん
人はしょせん水のかたまり梨しゃりり埼玉 伊藤映雪
すかしたる冬満月やガラス玉今治 京の彩
風も雲も果報のかたち大試験松山 川又夕
霙降る今どつちにも転がれる西予 えな
着膨れも映えてデュシャンの泉かな京都共栄学園 鯛石
寒天や明石原人の腰骨立命館大 乾岳人
寒の入り恋愛相談をトドに大分大学院 鶴田侑己
枯真菰ひかり静かに砕けをり名古屋大 磐田小
整形後初の聖夜は一人にて愛媛大 岡田快維
焼芋の食べ方が素直になった専修大 野村直輝
帰り花美し新調のピルケース松山 或人
【嵐を呼ぶ一句】
地球なる星を補食して鯨愛媛大 羅点
科学的にいえば鯨はオキアミを食べるが、文学的にいえば地球という星を捕食することもまた真なり。地球も鯨も一個の命として、対等に宇宙に在る。