公開日:2023.12.22
[青嵐俳談]神野紗希選
〈言葉から言葉つむがずテーブルにアボカドの種芽吹くのを待つ 俵万智〉、最新歌集「アボカドの種」(角川書店)から。言葉から紡いだ言葉は、ときに空虚にも。生きた感動から一回きりの言葉を紡ぎたい。
【天】
薬局のベンチ眠たしクリスマス大阪 未来羽
石英の夜半よ竜胆枯れすすむ東京 早田駒斗
未来羽さん、薬を待つベンチで兆す眠気。体調を崩したうとうとに、生の感覚がふわふわ宿る。クリスマスの聖性が柔らかく抱き留めて。駒斗さん、石英、枯れた竜胆、硬質な光が刻々と夜半に育つ。瞬間のきらめきを掴みつつ、過ぎゆく時間をも射程に入れた。
【地】
スケーター大いなる花抱き留めよ洛南高 河本高秀
凍滝をタップダンスで下りたし秋田 吉行直人
高秀さん、投げこまれた花束をスケーターよ抱き留めなさい、と取るのが順当だが、スケーターは大いなる花だと見立て、その人を抱き留めてみせよと解釈すると、さらに生命が花開く(その場合は「スケーターは」と「は」を補うか)。直人さん、溌剌と楽しい奇想。厳しい凍滝が一気にスリリングな光をまとう。
【人】
敬称で月を呼ぶなり橇の上東京工大 長田志貫
鯨とぶとき正座の脚をくづすとき岐阜大 舘野まひろ
志貫さん、橇の素朴が月への畏敬を呼び覚ます。まひろさん、小さな動作が海の鯨と連動するダイナミズム。上五の「とき」を削ると私と鯨がさらに繋がる。
【入選】
氷面鏡生者の粗く現はるる神奈川 はせがわ水素
枇杷咲いて子象に皺のゆたかなる名古屋大 磐田小
冬の汗滲みニンゲンてふ獣東温 高尾里甫
十二月轢かれて缶の平らなる千葉 平良嘉列乙
新雪やジンベエザメに傷無数茨城 眩む凡
月氷るヴィルトゥオーゾの隠し部屋東京 北欧小町
冬ざれの森蹄跡を辿り行く愛媛大 羅点
方舟つくろ猫と炬燵とみかん乗せ神奈川 高田祥聖
梟やランプシェードは花の形同 いかちゃん
泡沫の焚火に焼べる文の青松山 若狭昭宏
齧られた林檎の体積は未来東京農大 コンフィ
凍星の鼓動閉架の匂いかな立命館大 乾岳人
朝時雨土嚢の黒の破れさう京都大 武田歩
トースターの餅も宇宙も膨張す長野 藤雪陽
棒読みでマシュマロ売り捌く二十歳ノートルダム清心女子大 羽藤れいな
夜が綺麗でホットワインを半分こ大分大院 鶴田侑己
着膨れて科学に群れる子を眺む立教大 海老海老
寂しさやカフェオレボウルに満ちて冬八幡浜 春乃
炎を高く聖夜のフレアスタックは三重 多々良海月
夜長にはリンカーネーションの猛毒京都共栄学園高 水谷敢
【嵐を呼ぶ一句】
サブアカのリプ伸びゆける鵙の贄大阪 ゲンジ
こっそり書いたサブアカのリプが伸びるのは必ずしも歓迎すべきことではない。そのニュアンスを季語で示した。引き攣るような鵙の贄。現代の新たな事象を詠む際は、季語の力を借りて方向づけるのも有効だ。




