朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2023.12.01

[青嵐俳談]森川大和選

 敬愛する知人の快気を祝う。山を愛する彼を詠い、次なる登頂を祈って蜻蛉のハットピンを贈る。着くやもう歓迎の男料理。御品書まである。船中八策の冷に始まる。きびなごの煮付け。鱶(ふか)の湯ざらし。ふくめん。かわはぎに肝醤油。天ぷらは地海老、採れたて有機野菜。〆に鯛素麺。宇和島の懐の深さ。

 【天】

肩に弓掛け直しつつ食ふおでん兵庫 染井つぐみ

 楽器の弓。アマチュアの楽団員か。本番前の最後の通し練習を終えた背中。集中力を残す静けさ。提灯の朱。混んだ屋台。星々と客の喧騒。出汁の染みた煮卵を半分齧った湯気の中に、反芻されるオーケストラ。

 【地】

子の骨の細きに触るる寒葵福岡    横縞

 熱の夜は全身を拭いてやる。床の暗がりに際立ってくる身のほてり、骨の凹凸。たじろがぬ親の愛の重量感が、森深く咲く暗紫色の寒葵の存在感に通じる。

 【人】

犬の毛のさらさら抜けて星月夜洛南高   久磨瑠

 柴犬の場合、春の換毛期には柔らかな副毛が玉になって大量に抜ける。秋は副毛と一緒に、太い主毛が毛先を輝かせ、閃きながら風に流れる。夜に抜ければ、星月の色。冴えて鋭かろう。鼻濡れて童話めく。

 【入選】

大根を洗ひて尽れなきちから洛南高  河本高秀

ランドセル放れば干菜揺れにけり東京  加藤右馬

水澄めば水の臓腑を秘めにけり中国  加良太知

鳥の無き夜や凍てたるゆびの腹東京  早田駒斗

涸池に匂ひ袋が落ちてゐた茨城   眩む凡

しんどくて畝る花薄の中へ長野   里山子

樹からいま桜紅葉がめざす海兵庫  西村柚紀

初冬や剥がす鱗のようけ飛ぶ東温  高尾里甫

夕焼やホストファザーの強きハグ大阪   未来羽

水に鳴る喉トム・ジョビン忌の朝日 秋田 吉行直人

マフラーに編まれて解けぬ誤解かな松山  若狭昭宏

愛それは抗生物質それは冬同    或人

冬の日の欠勤の印凶々し同   川又夕

傍聴やセーターをくしゃくしゃに置く 名古屋大 磐田小

豆挽くや夜なべの資料誤字多し東京 阿部八富利

ぬばたまの漸新世へ蒲団敷く神奈川 沼野大統領

雑炊の末に本題切り出しぬ西条   広瀬康

首太き男の持論牡丹鍋岡山    ギル

退職を告ぐ立冬の喫煙所大阪   ゲンジ

見られないところも飾られる聖樹京都大   武田歩

 【嵐を呼ぶ一句】

次の死の島へ時雨を漕ぎゐたる神奈川 いかちゃん

 「死の島」と言えばベックリン。同じ題の油彩画が幾つか残る。黒い糸杉の群生する不吉な島へ渡る小舟の上に、白いローブ姿が佇む不気味。別の「死の島」の鑑賞へ移る間、時雨の闇の底を漕ぐ錯覚に陥る。絵に引き込まれ、繰り返し漕ぎ、混ぜる水の匂い。

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