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青嵐俳談

公開日:2023.11.24

[青嵐俳談]神野紗希選

 火と水。万物の原初的要素は、生の根源を思い出させる。火を恋い、水音を聞き、時代に目を凝らす。

 【天】

晦冥の水より生まれ火が恋し西条   広瀬康

ポスト・トゥルース滝凍ててなほみづのおと東京工業大  長田志貫

やさしい火恋し国連決議案千葉 平良嘉列乙

 康さん、胎内の羊水を晦冥=暗がりの水と捉え、それゆえ人は火を恋うのだと真理をなした。生のあてどなさに輪郭を与える言葉は救いともなる。志貫さん、現代はポスト・トゥルースの時代といわれる。トゥルース=真実よりも感情的な訴えが人々を左右する今、フェイクニュースが跋扈し、政治も大衆も事実を軽視しがちだ。凍滝が滲ませる水音は、それでも存り続ける真実の気配か。易きに流れず耳を澄ませたい。嘉列乙さん、季語「火恋し」の文脈を大胆に書き換え、時代に楔を打ち込んだ。やさしい火を恋う対極には残酷な火が。戦火、核の火。国連決議案を棄権する日本でよいか。同時作〈子の腕へ子の名前書くガザよ月〉、空爆に遭っても身元が分かるよう、腕に名前を記す子たち。死を間近に生きる壮絶を、月が厳しく照らす。

 【地】

注がれてみづの向かうの影冴ゆる東京  早田駒斗

 抑制された冬日に、水と影が静かに輪郭をなす。繊細な陰影を丁寧に書写した、線描のごとき一句。

 【人】

湯冷めしてスマホに押し当てる指紋愛媛大    羅点

人間に生まれて初雪と云へる洛南高    転々

 羅点さん、湯冷めのせいか、生きづらさか。「押し当てる」のぶっきらぼうに切迫感が滲む。転々さん、初雪を言葉にできるのも人間であるがゆえ。私たちには言葉がある。初雪に心吸われる人間の純粋性。

 【入選】

いぶりがっこ囓って四国っぽい形秋田  吉行直人

正しさが間違つてゐる胡桃かな大阪   ゲンジ

露寒や匿名掲示板の遺書同   葉村直

無宗教という信仰冬すみれ青森 夏野あゆね

陽が見たし陽に見られたし日向ぼこ洛南高  河本高秀

市役所に繋がれたペン秋の蝿愛媛大  岡田快維

かつ丼に白少なしや雁渡る東京  加藤右馬

レシートを二度確かめて葱ひかる埼玉  伊藤映雪

観音の木屑のゆくへ秋深し茨城   眩む凡

小春日やハムスターときに液体大阪   未来羽

元彼と三次会後の夜鳴蕎麦京都  佐野瑞季

裸木やいま展ききる虫の翅大阪    詠頃

団栗と帰ろうでこぼこな日々へ四国中央医療福祉総合学院  坂本梨帆

罪と罰どちらにも目がある夜長神奈川  高田祥聖

後輩の敬語が消えて秋の海大分大院  鶴田侑己

きっと同じ檸檬の断面が乾く静岡  東田早宵

絵の具混ぜ太陽描く冬籠愛知 紅紫あやめ

 【あと一歩 青葉のスゝメ】

鶏頭に革命の色ありにけり洛南高   久磨瑠

 鶏頭の赤に革命を思う感覚は鋭い。その感覚だけに頼らずもう一歩にじり寄りたい。〈鶏頭に革命の赤濃くけぶる〉〈直立の鶏頭に革命の赤〉、5音をいかに。

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