公開日:2023.11.03
[青嵐俳談]森川大和選
芋虫に食い荒らされながら、隣の畝の隣まで葉の伸びたさつま芋を収穫し、今度はそこに玉葱の苗百株を植える。秋麗の風。苗はよく熟れた温州蜜柑色の紙に巻かれ、一束に括ってある。海外持出禁止の印。無造作な針金の輪を捩じり解き、木台に置く。ほぐせばツンと香る。透明の根の地虫めく。もう蠢く気配。
【天】
どの花も一字違ひや大花野神奈川 高田祥聖
野の万蕾が柔らかにひらく。どれも自足している。しかし、作者は花々の名の一字違いの、似て非なる存在を見る。その眼を尊びたい。ことばの功罪は、命名によってアイデンティティーを与えること。時に守り、時に縛る。その綻びに、一花息衝く祈りや如何。
【地】
冷ややかや椀の破片を椀に納め立教池袋高 述村鶏頭子
「収め」ではなく「納め」。発掘現場か。土器や陶器の破片を本体に収め、全きを得る。その行為に立ち昇るモノの記憶。過去との交歓。考古学の醍醐味。無感情で即物的な効果を強めた季語の選択がよい。
【人】
月今宵愛も理論も惜字炉へ東工大 長田志貫
中国は長く科挙を行い、学問を尊んだことから、文字を敬い、字を記した紙を燃やす際に「惜字炉」を用いた歴史がある。悲恋の手紙と時運に沿わぬ進言書の焼却。公私のドラマに、時空を超える普遍性。
【入選】
鳳仙花爆ぜて「新しい戦前」松山 或人
満月や分娩の場でありし洞三重 多々良海月
枳穀の実従妹はうつくしくなりぬ東温 高尾里甫
秋祭ゆたかに伸びる百の膝大阪 葉村直
十月やイグアナの伸びきつてゐる名古屋大 磐田小
柳散るまへがきといふあかるさへ茨城 眩む凡
ワンオペのフロントガラス良夜かな兵庫 西村柚紀
誰も居ぬ修道院に星明り立命館大 乾岳人
月光や鳥となりたる書き損じ岡山 ギル
秋寒し首都圏外郭放水路京都共栄高 鯛石
人間の仮装やめれるハロウィーン西条 広瀬康
ビーカーに珈琲の沸く夜学校京都 佐野瑞季
論文の直し大きな秋の蝉大分大 鶴田侑己
馬起きてまづ水探す秋曇松山 川又夕
霊山のゐのししの背に養神芝長野 藤雪陽
山粧ふ碗にざぶりと釉神奈川 はせがわ水素
月光や尾腐れ病の治療薬静岡 桃園ユキチ
【あと一歩青葉のすゝめ】
鳩吹の青年の喉ごつごつす秋田 吉行直人
秋季「鳩吹く」は、狩猟中に獲物の合図等に使う。上五は「鳩吹くや」と丁寧に書いた方が緊迫感を帯びる。吹けば、筋張る。その想像力に下五の描写が包含される。省略し、他の事を書きたくなる。例えば色。「黒々す」とあれば、若くとも眼は猟師。「闇を寄せ」と一歩踏み出せば、自然に対する畏敬が滲む。