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青嵐俳談

公開日:2023.10.20

[青嵐俳談]森川大和選

 この夏に出会った宗教哲学者が語る。宗教には戦争に宗教的意味づけをし、戦争を激烈に促進させる側面があると。また、その要因が複雑に連鎖し、堂々巡りとなって議論さえ困難であると。パレスチナに立ち昇る応酬の火は、異なる正義をますます強硬に背反させる。悲しみ、平和を祈る。世界の戦争への忌避感が緩みつつある。人為の愚を恐れ、命の尊さを撫でる。

 【天】

鈴虫や荷よりマレットはみ出して弘前大    佐藤木霊

 「マレット」はマリンバやティンパニといった打楽器用の枹(ばち)。はみ出したヘッドには演奏の余韻が残る。それが夜長の野へあふれ出し、鈴虫を呼び、後に虫時雨とのセッションを、明くまで。飽くまで。

 【地】

サティヤーグラハ背に温まる秋の浜千葉    平良嘉列乙

 人が浜辺に仰臥する姿。背の熱は取られるが、秋の浜がほんの少し温もる。それでよいと言わんばかり。ガンジーの「非暴力抵抗運動」の信念に通じる。矛を捨てる〈勇気こそ地の塩なれや梅真白 草田男〉

 【人】

流星の五つ六つ弥勒は未だか神奈川  はせがわ水素

 一晩に流星を幾つ見るか。一期では。急き止まぬ祈り。弥勒(みろく)菩薩は、釈迦入滅後、56億7千万年後の久遠に現れ、衆生を救済する。褪せず祈る。

 【入選】

繊月に一艘分の湾のある大阪大   野村三親等

今日の月薄き雲なら呑み込んで京都大     武田歩

秋の灯や入れば砥石の香り立つ名古屋大    磐田小

金継ぎの稲妻めける風炉名残京都     佐野瑞季

盆石に海描いてゐる良夜かな三重    多々良海月

どの弦も指を待ちたる夜長かな神奈川    高田祥聖

堂裏にきつねのかみそり総立ちぬ同     沼野大統領

精神病棟と呟いた月の舌静岡     東田早宵

流星のカケラを抱いて眠る島西予       えな

太き雨のち細き雨広重忌大阪       詠頃

十月に十字架のあり日曜日福岡       横縞

無月なり二酸化炭素濃き渋谷静岡    桃園ユキチ

蟄虫戸を坏ぐホルター心電図神奈川   いかちゃん

家計簿を閉じて禾すなはち登る弘前大    葛城イブ

ボタン電池填まれば進みだす秋思茨城      眩む凡

クローンは僕の方かも黒葡萄京都    斎藤よひら

UFOキャッチャー空っぽの秋掴みけり 秋田吉行直人

囮鳴く地獄の門のやうに木々西条      広瀬康

名月や手より大きな赤シート京都共栄高   水谷敢

 【嵐を呼ぶ一句】

ダルヴァザの穴へ夜雨や天使祭長野      藤雪陽

 穴の通称は「地獄の門」。トルクメニスタンの砂漠の中に約70メートルのクレーターが口を開き、常時噴き出す天然ガスが半世紀以上も燃え続ける。夜雨は虚構かもしれないが、冷えた砂漠の炎と混じり幻想的。「天使祭」はダンテ『神曲』の「地獄の門」と呼応する。

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