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青嵐俳談

公開日:2023.10.06

[青嵐俳談]森川大和選

 すすきをはらりと折りとりて、瓶に差し、庭のウッドテーブルに据える。仲秋の風。子が捏ねた白玉を、老父が焼いた長皿に並べる。惜しまず甘いみたらしと甘さを控えた黄粉。月見は直に、望遠鏡に。虹色の環の土星を見留めるや、星々を観て、冷えるまで。

 【天】

鰯引く腕のゲバラの膨れたる長野   藤雪陽

 中南米の漁師を思う。網が重ければ、陽気な漁歌を掛け声に、引く腕の労を酔わせて手繰る。腕に彫られたゲバラは反権力の象徴。一部に今も英雄視される。時に、働けど生活は楽にならぬが、みなぎる腕に希望がある。光る鰯に民衆の尊さが重ねてあるとも読める。

 【地】

からっぽはうつるよ秋が巣をつくる神奈川  高田祥聖

 森羅万象、鳥獣虫魚、人の心に「からっぽ」が増殖し、繋ぎ接がれ、秋の巣になる。陰陽の考え方をすれば、巣の中に仙境や桃源郷が息衝いているのかも。

 【人】

月あかく靭く王朝かはるとき東京  早田駒斗

 四大文明以降、幾多の王朝が盛衰をたどり、その兆しには吉凶禍福を占い、太陽や月の威を借りてきたはずだ。「靭(つよ)く」が奏功。赤黒い大月が照り、青銅器による放伐と、鉄器による聖戦の土煙が見える。

 【入選】

毒茸や秘薬に芳しきカリス静岡   真冬峰

満月といふ錠剤を呑んでゐる茨城   眩む凡

映写機で据え置くような月今宵立命館大   乾岳人

満月に幸い住むと君は云ふ新潟  酒井春棋

来る波の継ぎ目のしづか夜学生愛媛大  小泉柚乃

真珠生る貝のごと耳碇星東温  高尾里甫

羊水の感触忘れ天の川京都大   武田歩

炎天や波のまにまに浮く海獺中国  加良太知

秋北斗降りる者なき停留所松山   川又夕

銀杏や殴られに行く面構え同  若狭昭宏

勝てばまたそれも面倒鳳仙花青森 夏野あゆね

金秋の稚魚をだばんと放流す大阪   葉村直

満月がユーステノプテロンの目に千葉 平良嘉列乙

秋湿り明朝体の謝罪文静岡 桃園ユキチ

「らしさ」「ならでは」彼岸花引っこ抜く茨城  五月ふみ

あかときのサルビアに水パブみゆき神奈川 はせがわ水素

りんご食ふ数学者にはどう見える大分大  鶴田侑己

秋暑し両手にケバブ五人分兵庫 染井つぐみ

縁側でカレーを食べる秋うらら西条   広瀬康

普段着の関係となり相撲みる秋田  吉行直人

 【嵐を呼ぶ一句】

汀女忌を蠢くフードプロセッサー東京  コンフィ

 温かで伸びやかな家庭俳句を残した汀女の忌日に、食材を微塵切りにする器具を配した大胆さ。でもそれでよい。「蠢く」が効いている。今や多くの家庭が時短調理。現代に生きる音が、秋の夜空に漏れ出ている。

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