公開日:2023.09.22
[青嵐俳談]森川大和選
一度、島へ渡り、その島から出る周遊船。桟橋に下を覗けば、翠色の海底から小さき魚影がこんこんと湧く。時に満潮。秋の航。船頭の許しを得て、風の船首に立つ。サイドミラーに付く島の蟻。奇岩を渡す注連縄の垂(たれ)の先が、凪いだ面に浸り、筆さながら。沖は墨。島覆う鹿棲む森の青さ湛(たた)えて。
【天】
花縮砂波が化石となる夜も東京 早田駒斗
ハナシュクシャはジンジャー・リリーの異名。蝶形の白花で芳香が強く、香水に精油される。北インドからヒマラヤが原産。プレートの衝突によって隆起したヒマラヤ山脈もかつては海底だった。波の記憶を蓄えている。「花縮砂」も大陸移動のダイナミズムが生んだ一花と言えよう。人世を超えた時間の重層。
【地】
葬送の流星群のやまぬ丘西条 広瀬康
夜の「葬送」。異国にはそんな風習もあろう。ただし葬る対象は人間とは限らない。星々が流れ、燃え尽くす明るさは、分かりえぬものを葬る神意かも。
【人】
真鰯の銀河を囲い込むように静岡 桃園ユキチ
天の川銀河は渦巻き状だが、「真鰯」の群れの流動体が一つの「銀河」を飲み込むかのような臨場感を得た一瞬を言い取った。大小、遅速、遠近合一の妙。
【入選】
廃駅のラッチにとまる秋茜立命館大 乾岳人
廃船の重き碇や霧時雨東工大 長田志貫
月光や鳥から虎へ化けるヨガ三重 多々良海月
離婚前夜ぶだうの艶々と真黒大阪 ゲンジ
雷響や吾は一本のみづの管東京 桜鯛みわ
くつくつと秋声立つる川の石大阪 詠頃
ピスタチオ散らばるピザと新酒かな愛知 紅紫あやめ
秋高し日輪のごと焼く餃子東温 高尾里甫
盆の月お好み焼きに味噌をぬる名古屋大 磐田小
蜩やけふもこの後寝かし付け岡山 杉沢藍
星涼し首へ寝息のブラームス西予 えな
遠雷や下唇にまろき金継ぎ目東京 北欧小町
イヤリング色なき風に揺られたり弘前大 葛城イブ
八月の姉の関西弁を聴く京都大 武田歩
涼しさや絵皿の川に砂洲ゆたか大阪大 野村三親等
色なき風ディプロドクスの流線形福岡 横縞
地芝居や婆ふるふると放る構へ神奈川 はせがわ水素
蓑虫の心臓コペルニクスの眼東京 はんばぁぐ
バット振る季夏に脈搏つ水膨れ同 阿部八富利
Sincerelyで終はる手紙や月見草同 池田宏陸
妊娠を告げる電話や星月夜高知 渡辺香野
【嵐を呼ぶ一句】
月影のフボー御嶽や処女の唄長野 藤雪陽
「フボー御嶽(うたき)」は琉球開闢(かいびゃく)の伝承が残る久高島の聖地。かつては男子禁制の祭祀が行われた。月下の祭礼を彷彿とさせる神聖さ。