公開日:2023.09.08
[青嵐俳談]森川大和選
南予へ葡萄狩りに出た。広い棚に袋が下がる。子どもには届かず、大人はずっと中腰の高さ。片腕に抱き上げ、剪定鋏がぱちんと鳴れば、もう片方の掌にそれを受け止める。次は次男。茣蓙とバケツと豆腐のパックに作りおいた氷一塊を受け取り、水に浸し洗っては食む。偶然出くわした知人の家族から、持参した氷をごろごろと補充していただく。冷えたピオーネの、珍しく種入りの粒の、煮詰めたような濃厚な甘味。
【天】
阿波踊裾を威して膝が来る神奈川 はせがわ水素
俳句は動詞で決まる。「威す」が豊か。女踊りの一連が一糸乱れぬ様に華やぐ。指先柔く、芯はしなやか。その踊りの揃い方が鎧の拵えの「縅(おどし)」の芸術性に通じ、壮観さを言い得ている。下五は男踊りか。鉦(かね)に速まり、低い腰から、膝が来る。
【地】
炎天下小鳥の影を踏み満たす愛知 紅紫あやめ
白昼夢のようだ。小鳥の影を踏むうちに、現実から虚構の中へ誘われていく気分。初め小鳥を追う希望、いつしか満たしきれぬ渇望、満ちた達成感の後、もう踏み渡る未来の切れた失望。まるで乱歩の世界観。
【人】
人間に地図カルガモにいわし雲東京 はんばぁぐ
ペリカンの股のむばうび水の秋兵庫 染井つぐみ
カタカナの鳥の明るさ。地図は人を既成の価値に縛るが、いわし雲はカルガモを擬態させ、無為の見えない襞(ひだ)に隠す。後者は喉袋ではなく、よく「股」に着目した。不格好に歩く姿がどうにもおかしい。
【入選】
肯定も否定もせずに芋を煮る愛媛大 岡田快維
秋天に罅の走れる馬上かな西条 広瀬康
日雷放散虫は色に飢え松山 若狭昭宏
出航の黒き煙をギンヤンマ大阪 未来羽
鹿の声反故は煙となりにけり東京工業大 長田志貫
硬球は土より黒し原爆忌宇和島 海乃一夏
昼寝する赤子が抱いている地球東温 高尾里甫
線分にはじめとおわりかなかな来岡山 ギル
アイアイの爪が嫦娥に喰ひ込みぬ神奈川 いかちゃん
炎天や忘れられない歯科医の目大阪 ゲンジ
人類に絶滅のある海開き秋田 吉行直人
不眠なりタバコとツイッターと月三重 多々良海月
龍潜む淵にしずめる蛍石千葉 平良嘉列乙
天の川へ落ちて地球に生まれたい長野 里山子
小鳥来て伊香保たちまち楽譜めく茨城 眩む凡
秋の雲洋書にわずかなる余白日本航空高 光峯霏々
短距離の頬の震へて天高し松山 川又夕
【嵐を呼ぶ一句】
トーク画面みどりばっかり葡萄剥く京都 佐野瑞季
LINEの吹き出しが緑一色ならば、自分ばかりが話しかけて、相手からの反応はない。発する口数も減り、その形がマスカットの房に見える。キャッチされない寂しい言葉。画面の奥の一語一語の瑞々しさ。