公開日:2023.09.01
[青嵐俳談]神野紗希選
〈夏終るタイムリープをし損ねて〉は神奈川のにゃじろうさんの作。時が戻るSFと違い、夏は二度と巡らない。不可逆を生きるから、瞬間に一回性が宿る。
【天】
同じ本は同じ結末守宮くる兵庫 西村柚紀
読むたびストーリーが変わるわけはないから当たり前なのだが、改めて書かれると、この世界の綻びのなさを物足りなく思う。守宮が来るのも「同じ」なのか、違う出口を示唆するか。同時作〈わたくしの一年先を行く秋蝶〉、さきがける衰えに秋が深まる。
【地】
胡椒瓶うすく曇れる残暑かな大阪 葉村直
折鶴に四角き過去や敗戦忌神奈川 高田祥聖
胡椒瓶と残暑、折鶴と敗戦忌、二物の取り合わせを中七でどう展開するか。直さんは描写で解像度を上げ空気感を出した。祥聖さんは、詩的発見に戦争の取り返しのつかなさを込めた。折鶴は紙には戻れない。
【人】
ダマ多き炒飯夏休みは長し秋田 吉行直人
広島や犬の肉球やはらかく八幡浜 春乃
直人さん、夏休みという季語を「長し」とアレンジしオリジナリティが強まった。だらだら続く夏休みを雑な炒飯が象徴する。春乃さん、肉球のやわらかさは剥き出しの命。広島がかつて受けた被爆の傷が、肉球を介し、なまなましくナイーブに滲み出す。
【入選】
帰省するたびに必ず読む漫画西条 広瀬康
宇宙史の図鑑を借りて噛むオクラ愛知 樹海ソース
河童忌の耳塞ぎたる手より音神奈川 はせがわ水素
魂棚にトミカのひとつ裏返る東京 加藤右馬
ツクツクボーシもうすぐ産まれそうなきみへ長野 里山子
骨組みに座れば祭果てた星大阪 未来羽
風を云ふくちの乾きや花火降る東京 早田駒斗
原爆忌蛸食ふ国の育ちなり大阪 ゲンジ
コンパスと杏と月と六ペンス東京工業大 長田志貫
遺書のなき自殺サイダーの透明東温 高尾里甫
夕焼を拒む中学校の窓福岡 横縞
秋の蝶同調圧力から逃げて松山 或人
夏風や余白の多き山の地図静岡 桃園ユキチ
この金魚掬えたら結婚しよう京都 斎藤よひら
仙人掌のバターのごとき花の咲く東京 高橋実里
鱗粉を払ふ絵筆や風の色京都 佐野瑞季
菊花火旧道に蟹乾びけり宇和島 海乃一夏
八月やのちりのちりと砂時計洛南高 越
透明なものに天蓋ソーダ水愛媛大 群想
聖杯のやうに受け取る心太東京 阿部八富利
昼寝覚め出さぬ手紙をつひに捨て兵庫 市川文
【嵐を呼ぶ俳句】
日直を夏にしたのは誰ですか?愛媛大 岡田快維
雑草の声で「夏だ」と言ってみろ高崎女子高 久松真綺
快維さん、夏が日直なら怒濤のような一日。困りつつ楽しい。真綺さん、雑草のしぶとさなら、腹の底から力強い声だ。いずれも季節を大掴みに投げ込んだ。繊細を捨てた大胆が、ブレイクスルーをもたらす。
【おことわり】
7月28日付青嵐俳談(森川大和選)の「サイダーのように言葉が湧き上がる」は類句のため削除します。