公開日:2023.08.25
[青嵐俳談]森川大和選
〈他界より眺めてあらばしづかなる的となるべきゆふぐれの水〉は、戦後に超現実主義短歌を推進した葛原妙子の代表作。歌中の瞳は他界(虚構)から下界(現実)を見定める。〈近視、乱視、潜伏性斜視わが持ちて模糊錯落のこの春の視野〉には把握の重層的な歪み、〈垂直に振子ぞ垂れて動かざる時計ひとつありわが枕上〉には、夢幻の磔が眼裏に立体する。
【天】
瞳とふ地底湖葛原妙子の忌秋田 吉行直人
「瞳という地底湖」は故人へのオマージュ。見てはならぬものを見る「瞳」が「幻視の女王」と呼ばれた葛原妙子にあり、吉行さんにあり、本欄の作家諸氏にもある。忌日は9月2日。残暑残照のダ・カーポ。
【地】
日傘さす男でござい文句あつか神奈川 高田祥聖
芝居の口上めくやいなや、啖呵を切られた気分になる。役に入った役者の顔が、素顔にめくれる滑稽味。文句なんざぁございやせん。好きにやんなよ。
【人】
原爆忌磁力の失せしオセロ盤大阪 葉村直
問題提起の一句。オセロの遊戯性を剥いだ先に、白黒を付けるために投下された原爆が映る。では、その磁力は失せたか。いや、戦後78年の今の傷が残る。そして、今も異なる白黒が哀しい磁界を明滅させる。
【入選】
八月や人は誰かの影を踏み東京 桜鯛みわ
チョコ融かす口のまっくら原爆忌東温 高尾里甫
ことごとく赤潮に座礁してゐる神奈川 いかちゃん
蝉時雨空が破けたかもしれぬ京都 斎藤よひら
市場よりトラック散るや夏燕神奈川 塩谷人秀
颱風が明石子午線いま跨ぐ東京 加藤右馬
万緑や古民家カフェのダムカレー静岡 桃園ユキチ
乳腺のかげふくらんで百日紅兵庫 市川文
我儘であるほど夏の雲きれい茨城 眩む凡
金魚になる前の翻るカーテン松山 若狭昭宏
蚊遣火の煙の不意にほつれけり三重 多々良海月
クーピーのみどり減りゆく祖母の夏神奈川 はせがわ水素
アイスココア溢し転がり落ちる夏八幡浜 春乃
ぐしぐしに溶けし我鬼忌の豆腐吸う同 しまのなまえ
貧血の夜に素足が届かない静岡 真冬峰
蛇穴に入るぬいぐるみ抱き潰す松山 川又夕
素麺のつゆの染み込む自由帳大阪 詠頃
土曜練終へてみぞおち以外汗兵庫 染井つぐみ
鳥っぽくポテト食む君夏休み大阪 未来羽
立秋の墨なめらかな離縁状岡山 ギル
【嵐を呼ぶ一句】
パレードで進んで行くや戦場へ兵庫 噂野アンドゥー
無季句だが、「戦場」への飛躍に詩力。句は平和への安住を問う。日本のパレードは公人の儀礼、スポーツの凱旋、遊園地の催し等。一方で軍事パレードを行う国、捲土重来に祝砲の鳴る町も。寸分の飛躍もない。