公開日:2023.08.18
[青嵐俳談]神野紗希選
今夏も俳句甲子園が始まる。これからを生きる彼らにとって、今なにが面白く大切なのか、世界がどう見えているのか。彼らの俳句や言葉を通し、感じたい。
【天】
盲目のうさぎを秋の夜へ帰す日本航空高 光峯霏々
要る愛と要らない愛とさくらんぼ青森 夏野あゆね
霏々さん、一人のキャパシティには限界があり、世界の全ては引き受けられないから、ときには盲目の兎(的な何か)を手放すこともある。闇へ消えた兎を思えば、秋風に無常の気配が匂う。同時作〈蝉生る誰のためでもなく生る〉の確認も心に刻みたい。あゆねさん、愛にも要不要があるとは、本質を突いた指摘だ。さくらんぼを等価で並べたチャーミングな諧謔。
【地】
打水の乾きてもなほ爆心地西条 広瀬康
かゆさうにグラスを垂るるパフェや夏岡山 ギル
康さん、乾いても打水の感覚が大地に残るように、原爆の記憶も今なお爆心地に、乾きながら在るのだ。同時作〈盾として言葉を使う終戦日〉、言葉を銃としない節度の表明。ギルさん、パフェの雫の伝い方を「かゆさうに」と表した擬人化が、鮮やかで楽しい。
【人】
偏愛やクラッシュゼリー越しの都市東工大 長田志貫
警報やガラス千枚灼くる首都北海道 北野きのこ
季語でない単語を「や」で強調し、都市を詠んだ2句。志貫さん、クラッシュゼリーの断片集合的な輝きが、偏愛を寄せた都市の歪をきらきらと映し出す。きのこさん、各地の戦禍や猛暑がもたらす終末観を、ビルのガラスの激しい照り返しで体感に変換した。
【入選】
くらげくらげ一切王を戴かず神奈川 はせがわ水素
断面のひろびろとしてズッキーニ東京 赤波江春奈
パレードの兵痩せている水中花秋田 吉行直人
橋そして雲暮れゆけり未草名古屋大 磐田小
父の背に似たバス停よ夏の湖東温 高尾里甫
妥当性疑う眼差し夏の雲東雲女子大 田頭京花
日傘閉づひかりの飛沫はらひつつ大阪 葉村直
海月より水を堅しと思ひけり三重 多々良海月
夏星やアンドロイドみたいな人立命館大 乾岳人
北側へ優曇華の列伸びてをり東京 加藤右馬
焼豚の器の熱やアマリリス東京 江口足人
たましいの重さラムネ瓶の重さ愛媛大 小泉柚乃
サイダー飲んだって翼は生えない京都 佐野瑞季
療養四日目蜩のやうな何かノートルダム清心女子大 羽藤れいな
創世の神は孤独や庭木刈る神奈川 沼野大統領
カラオケで背伸びをすればサンダルよ今治 京の彩
風知草ふいに旧姓書いてしまふ福岡 横縞
走っても走ってもまだ蝉の声西予 えな
削り氷や未来の先に死がひとつ神奈川 高田祥聖
【嵐を呼ぶ一句】
君てふ字ばらしてコロナ大夕焼大阪 ゲンジ
「君」の漢字を分解すると「コ」「ロ」「ナ」に。SNSで話題になった発見を基盤に、コロナ禍の孤独感を軽やかに書き出した。解体された君のかけらが散らばり、人々は距離をとりながら夕焼の町に遍在する。