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青嵐俳談

公開日:2023.07.21

[青嵐俳談]神野紗希選

 「俳句を作るのは、決して絶望はしない、ということではないでしょうか」。読売新聞関西版夕刊7月6日付の記事で小川軽舟が語った俳句観に深く頷く。絶望は在る、でも、だから。それでも生きていく、と心の芯を灯して言葉を探す。そんな風に俳句を作りたい。

 【天】

空蝉モ日本ガ勝ツト言ッテイマス秋田  吉行直人

 かつての戦時、日本政府は不利な戦況を隠し「日本が勝つ」と国民を鼓舞、戦争へ駆り立てた。空蝉という抜け殻に仮託することで「日本が勝つ」の空虚をあぶり出す。同時作〈裏垢に逃げ込むように帰省せり〉、現実をSNSになぞらえる反転が、より現代的だ。

 【地】

浮苗のひつかかつてはまはりけりさくら国際高  河島勇人

 田植えの後、根が浮いて漂う稲の苗を「浮苗」という。風に吹き寄せられ、ちゃんと立つ他の苗に引っかかって、くるりと回る、を繰り返す。現実を見つめた正確な描写に唸る。同時作〈蓮見るや屈める人の後に立ち〉も、淡々と位置関係を示し構図を確立した。

 【人】

夏の蝶パラワン島へ向かうとこ西予    えな

 フィリピンのパラワン島は、世界一美しい海と言われ、人気のリゾート地だ。一方、第2次世界大戦の悲惨な記憶を刻む島でもある。夏蝶は鮮やかな今を輝く命であると同時に、あの日の魂なのかもしれない。

 【入選】

地球儀のネジはきんいろ昼寝覚大阪   葉村直

火の色の海月のままに石化せよ東京  早田駒斗

筆談のほうが得意で水中花青森 夏野あゆね

暑き夜の角すばしこくデリバリー茨城   眩む凡

アンブレラスカイ楡を光の流動す長野   藤雪陽

卯の花腐し再審が通らない千葉 たーとるQ

蟇に乗る蟇に乗る蟇またぐ僕神奈川 いかちゃん

海鞘を剥くネクロノミコン読むがごと同 沼野大統領

原爆忌心臓模型の赤と青岡山    ギル

羊水の肺に満ちゆくハンモック松山  若狭昭宏

弁当に孤島のごとく梅干が東京  加藤右馬

虹の梁そして脊骨という柱大阪   未来羽

半ズボン死をよく知らず死ねと言う東京  池田宏陸

寝冷子に海路でとゞく詩集かな東京工大  長田志貫

朝凪は詩集の行間の広さ京都大   武田歩

段畑の天辺に墓夏の果て宇和島  海乃一夏

不発弾処理の土嚢へ風薫る愛媛大  岡田快維

切株へバックパックを置く白夜東京  桜鯛みわ

朝曇水銀灯の眠る街弘前大  葛城イブ

梅雨めくや栄養ドリンクくぽくぽと新潟  酒井春棋

 【嵐を呼ぶ一句】

筆算の死角を濡らす麦茶の輪静岡   真冬峰

隕石の青き余熱や麦の秋千葉  細川鮪目

 核となる表現を摑むと、一句の求心力が上がる。真冬峰さんの場合は「輪」の一語。算数の宿題をしている紙に麦茶のコップの水滴がついたのを「輪」と捉えたのが鮮やかだ。鮪目さんは「青き余熱」の比喩。熱は赤などの暖色の印象だが、青の選択で宇宙の深い闇の気配をまとった。麦秋の黄金も美しく引き立つ。

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