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青嵐俳談

公開日:2023.07.14

[青嵐俳談]森川大和選

 先日、広島の舟入高校を訪ね、平和教育の取り組みの深さに触れる機会があった。前身の高等女学校時代、原爆で676人の生徒教職員が絶命した。占領する連合軍からの禁止を免れるために「原爆」の表現を避け、原子力エネルギーの公式「E=MC2」を刻んだ同校の原爆慰霊碑が、戦後3年目の忌日に建立された。

 【天】

沖縄やまとめ売らるる水鉄砲大阪   葉村直

 駄菓子の横に陳列される水鉄砲の束。蛍光プラスチックの明るさがかえって気怠い。手に取れば、戦中ならば前線へ。工場でそれを組み、手渡さねばならぬ銃後の本音のやるせなさ。県民の4人に1人が亡くなった沖縄戦。今なお「まとめ」られている基地の問題。

 【地】

梅の実の幾つも落ちてゐる無職神奈川 はせがわ水素

 塩や酒に漬け、いくらでも絶品になる梅。下五の急展開は、社会の歪の余波を受けて無職でいる不本意な自分や同じ境遇の現代人と梅を重ねる。同時作〈特養の窓よ青嶺に斧待つ木〉は山暮らし、〈巨いなる象の心や水遊び〉は野性、叶わぬ過去を思い出している。

 【人】

コロッセオ惨死を映す蠅の群神奈川 沼野大統領

 古代ローマの円形闘技場では、剣闘士や猛獣が命をかけて戦った。下五は「蠅の群の眼」の省略。一匹一匹の視野を合わせ、敗者を全方向から映す。同時作〈芍薬や土の匂ひの保険証〉にはやや俳味がある。土をいじり、漢方に親しむ作中主体の生活が浮かぶ。

 【入選】

糸雨の如き手相や夏野行く新潟  酒井春棋

片陰の外で行列折り返す神奈川 いかちゃん

ひとしきり軽鳬の子を吐き草しづか三重 多々良海月

炎天に響きそこねてゐるドラと名古屋大   磐田小

サングラス外し猫背に戻りけり中国  加良太知

浜日傘人より多きCoke瓶東京  桜鯛みわ

クーラーの風臭し回鍋肉うまし秋田  吉行直人

ビールぶつかけてこれも過去になる神奈川  高田祥聖

読点は涙の貌アイスティー八幡浜 しまのなまえ

糠床は母の家系や南風大阪   ゲンジ

ふるさとやじっと空蝉見てる蝉東京 阿部八富利

肉色の蚯蚓を犬が舐めてゐる高崎女子高  久松真綺

でで虫の顔はルービックキューブ也八幡浜    春乃

短夜のバーをセックス・ピストルズ松山    或人

触れあってほどく永遠稲光静岡   真冬峰

刻々と急かす深夜の牛蛙東雲女子大  田頭京花

眠るとき馬はおほきく夏あざみ東京  早田駒斗

大道芸人は炎天の夢をみる茨城   眩む凡

ヘアカラースプレー空になって夏弘前大    イブ

 【嵐を呼ぶ一句】

酸化せし駅をくぐって海開き京都大   武田歩

 夏海の日矢を待ちわびる心。木は古び、艶帯び、鉄は錆び、干乾びている。セピアの駅舎の陰を潜り出るとき、駅の記憶が揺らぎ、開業以降の夏が重層する。

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