公開日:2023.07.07
[青嵐俳談]神野紗希選
大学の講師室に「願い事どうぞ」と七夕飾りの短冊が。願いには、その人が大切にしたいもの、人生の価値観がおのずと出る。私は世界に何を求めるか。その問いは、俳句を作るときにも心に灯しておきたい。
【天】
寂しさを詩にせよ青き唐辛子静岡 桃園ユキチ
取り合わせが卓抜だ。青唐辛子のフレッシュな辛さが、陶酔するだけではない、生きる寂しさと向き合う言葉の強さを象徴する。詩にビリッと背骨が通る。
【地】
水滴をつなげて蝶になる角度岡山 ギル
ストローをハートに薄荷スムージー西予 えな
ギルさん、水滴をつなげたら蝶になるのか! 角度が大切というところに一回性の輝きが生まれる。えなさん、薄荷スムージーの爽やかさを発見。ハート形ストローも、浮足立つ夏の気分を物語る。
【人】
中指の蟻に問う休んでもいいか八幡浜 しまのなまえ
桃もろもろ脆くて君も物語静岡 真冬峰
しまのなまえさん、あえて中指と限定したことで、疲れて神経質になった精神の偏りが前に出る。真冬峰さん、「も」「ろ」を重ねた音の転がり方。私に物語があるように君にも、すべての人にも、脆く繊細で、その人だけの尊い物語があるのだ。
【入選】
唇は乾く栗の花は濡れる茨城 眩む凡
夕虹だぼくらは二律背反だ西条 広瀬康
少年に未来重たし額の花神奈川 高田祥聖
蛇衣を脱ぐ ※映像はイメージです京都 斉藤よひら
失恋の夜白玉の浮くを待つ東京 コンフィ
薔薇を剪るやうに切る髪天使魚千葉 平良嘉列乙
チョコレートの塩気の強き白夜かな東京 加藤右馬
ロータリー安い麦酒の酸っぱさよ同 阿部八富利
虹の日に生まれるための整理券愛媛大 岡田快維
田植機に泥の跳ねたりサングラス大阪大 越智夏鈴
抱くやうに夏シャツたたむ露天商東工大 長田志貫
黒髪あざとし黒揚羽気怠し東温 高尾里甫
カーディガンには継ぎ目あり梅雨に入る自由学園女子高 有野水都
虹知らぬ犬と駆け行く俄雨八幡浜 春乃
夏の果段畑まぼる墓碑の染み宇和島 一風
つらいなら逃げたつていゝ汗拭きな新潟 酒井春棋
白夜たのし隈なくネットフリックス長野 里山子
夏至の夜廃止になったバス停よ立命館大 乾岳人
【嵐を呼ぶ一句】
ルッキズムつらし夏蜜柑へ砂糖秋田 吉行直人
サイダーの泡爆ぜ我はマジョリティ神奈川 はせがわ水素
「ルッキズム」は外見で人を判じる差別的な見方、「マジョリティ」はマイノリティに対し多数派を指す言葉で、近年よく見聞きする。直人さん、見た目で値踏みされる日常、せめて酸っぱい夏蜜柑に砂糖を振ってひと息つきたい。水素さん、サイダーの陽キャ感はたしかにマジョリティだ。多数派の自認をもつ人はきっと、ちゃんと優しい。季語のイメージを重ねることで新しい言葉に感覚と詩情を与え、句を立たせた。