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青嵐俳談

公開日:2023.06.30

[青嵐俳談]森川大和選

 トノサマバッタを潜め、網から籠へ移す。太い茎を頭上に揺らし、純白の紫陽花を隣家に貰い来る。赤と黄の人参を畑から次々に抜く。葉の切れた一本は手首まで差し入れ、髭の先から掘り出してくる。河内晩柑のワタを除け、一房一房、実を丁寧に裏返してねぶる。枯れた雛芥子の芥子坊主をあるだけ千切り集め、揉み出す種の升一杯、摑んでは蒔く、子どもの諸手。

 【天】

僕だけの星夜マイケル・ジャクソン忌長野   藤雪陽

 6月25日没。彼のヒット曲を星にすれば、空を満たすに十分な星座や大三角を描く。彼の心に影の差す、夜闇の濃粧。対照的に、こんなにも一等星の豊かな夜。同時作〈梅雨の星ぬんぬん肥ゆる西之島〉の神話めく中七の俳味。星と噴火口が呼応する面妖の引力。

 【地】

悪役に孤独死はなく虎耳草大阪   葉村直

 時代劇の斬られ役は最期に華がある。ユキノシタは天使のように咲き、生薬になる。斬られた後も息を吹き返しそう。一方で「孤独死」の無念さと生活感の残されたままの凄絶な現場を思う。同時作〈棄てられし机の仰臥梅雨の山〉も大げさな「仰臥」の滑稽さが過ぎると、朽ちゆく「机」の念仏が骨身にこたえる。

 【人】

軋みたるスワンボートや蟻がゐる福岡    横縞

 足漕ぎ用のペダルを勢いよく踏めば、スワンの首が仰け反りながら軋み、その体躯を水の抵抗に重たく推し進める。何かの拍子に後進させるときも軋む。陸を離れた「蟻」のあはれ。慣れぬ漕ぎ手の心細さ。

 【入選】

漱石の屁よ百合化して蝶となるノートルダム清心女子大 羽藤れいな

海賊を愛してみたい髪洗う自由学園女子高  有野水都

まさぐれる数珠のつめたき青岬東工大  長田志貫

隘路行くバス紫陽花に濡れながら東温  高尾里甫

霊峰三峯おほかみのゐて涼し神奈川  高田祥聖

おほどかな神の交情夜光虫同 はせがわ水素

すずらんや擦りあわせている心東京  高橋実里

美術史の女系師弟や青嵐大阪   ゲンジ

曇天の底や虎杖むずむず咲く神奈川 いかちゃん

針だけの執念き水母連れ帰り同 沼野大統領

冷麦や二年続ける主将の座松山   川又夕

体内にぬるき池持つ緋鯉かな京都大   武田歩

溟海をすべる白夜のプランクトン東京  桜鯛みわ

サイレンのどこか甘しや夕薄暑同  加藤右馬

動員のはなし始まる氷水香川 優木ごまヲ

髭剃りの浅く錆びたる薄暑かな茨城   眩む凡

迂回した道でも工事濃紫陽花京都 斎藤よひら

 【あと一歩青葉のすゝめ】

L寸は届かぬ高さ小満のユニクロ八幡浜 伊予の金糸雀

 梅雨に冷えた倉庫風箱型店舗の「小満のユニクロ」に俳味が立つ。大胆な字余りは「L寸は高きに」とすればすっきりする。脚立を上れば、少しゆらゆらするが、彩り豊富な「小満のユニクロ」が見渡せる。

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