朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2023.06.02

[青嵐俳談]森川大和選

 餌台や水盤を備えたが、鳥はまだ一向に懐かない。樹上に羽音。梢に影。菜園の虫、草間の蛙を狙っている。夕暮れは、青葉に膨らんだ枝のうち重なる奥に、睦まじく鳴き交わす。今に梅雨入り。あと少しの工夫なのに。〈鳥の巣に鳥が入つてゆくところ 波多野爽波〉こんな姿が眺めていられる和やかな庭を育てたい。

 【天】

くちびるの蟻が舐めとられるところ神奈川 いかちゃん

 淡々と、根こそぎ舐めるアリクイか。ぬめる舌に絡め取り、不愛想に咥える蛙やトカゲも滑稽。句の景を近くに抑え、舐めとる主体を見せ尽くさず、抵抗虚しくも広口の奥へ消える「蟻」のつかの間の存在感を、腹や脚の質感とともにスローモーションで見せる。

 【地】

革靴に残る暗闇水芭蕉京都大   武田歩

 雪が解けた山間の湿地。こんと湧き出す清水の袂。水芭蕉の大気の純度。そこに「革靴」とは。出張か。「暗闇」は都会生活の屈託だろう。いつもなら真闇ほどの革靴も、旅の空が広く映り「残る」程度。いや、残る闇がかえってここを慕い、移住を誘うかも。

 【人】

灯を入るる万太郎忌の家の中千葉  木野桂樹

 〈湯豆腐やいのちのはてのうすあかり 万太郎〉への深い共感からくるオマージュの一句だろう。久保田万太郎の句には妻子に先立たれた晩年の孤独と、なお老いを照らす一期の引き際の厳かさを感じる。挙句にも様々なことを引き受けた者の、動じぬ深みが灯る。

 【入選】

五色幕の陰に跣の並びかな松山   ひなこ

青梅の受け皿となり母の傘愛媛大  永広結衣

水下駄を脱いで婆が跳んだ空東京 阿部八富利

革命や破れし白詰草の冠福岡    横縞

巴里やこの街は林檎の焼ける匂い大阪   未来羽

夏燕影を湛ふる地下のBAR神奈川 はせがわ水素

夏雲は匿名性の白である大阪   葉村直

喝采にわたしを手折る白牡丹静岡   真冬峰

卯の花や遺影を選ぶ三姉妹長野   藤雪陽

ビルの底正方形に紫陽花は千葉 たーとるQ

麦秋や馬具加工せしキーケース大阪   ゲンジ

葱切ればぶよぶよ溢れだす本性神奈川  ノセミコ

驟雨来て眼鏡小さき虹を飼う静岡 桃園ユキチ

ごみ箱に鬱蒼と髪花の雨秋田  吉行直人

可惜夜や瀑布のやうな恋でした新潟  酒井春棋

鞦韆や小丘を越えた月明かり中国   油昭橘

風薫る上目遣いの盲導犬日本女子大  のらねこ

 【嵐を呼ぶ一句】

緑夜深まる神馬の眼の真球度東温  高尾里甫

 生きた神馬は珍しい。多くの神社では絵馬や銅像に代える。「真球度」は球の歪む程度。祭礼の神通力の緑夜には、馬も昂り、眦(まなじり)押し開き、真球は見えざるものを捉え得る秘妙の形を宿す。

 

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