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青嵐俳談

公開日:2023.05.26

[青嵐俳談]神野紗希選

 にぎやかな静けさ。薔薇咲く大学のパティオ。杭の上に出て蠅を待つ蜥蜴。珊瑚に集う南洋の小魚。一面の水田をひとつひとつ染め上げ、落ちてゆく夕陽。

 【天】

行く春をみづの夢みてバオバブは神奈川 はせがわ水素

授乳枕は月のかたちや聖五月千葉 平良嘉列乙

 水素さん、バオバブは水の乏しいサバンナで数千年を生きる木で、観葉植物としても輸入されている。まどろむ晩春、バオバブはとろとろと水の夢を見るか。一樹をあふれる、地球の水の気配。嘉列乙さん、授乳のためのクッションは、体に沿うよう弧を描いて作られ、言われてみれば「月のかたち」。その優しい比喩や季語の取り合わせから、母子の姿の清らかさ、赤ちゃんの健やかな成長を願う心が滲み出す。

 【地】

皆上を向く小満のエレベータ兵庫 染井つぐみ

諦めを煮詰めておとな桜貝静岡   真冬峰

 つぐみさん、エレベーターでのさりげない人間心理を束ねた。命が満ちてゆく小満、光へ伸びてゆく草木のように、人も意識を上へ向けるか。真冬峰さん、的確な大人の定義。「煮詰めて」がちゃんと苦しく、同時に桜貝の配合には諦めきっていない光も宿る。

 【人】

栗の花神域へ猫ためらはず東京工大  長田志貫

ユニコーン像に手綱や夏の雪長野   藤雪陽

 志貫さん、栗の花咲く夏のはじめ、神域も気配が濃くなる。猫の後ろ姿に吸われる心。雪陽さん、手綱は乗るためのもの。夏に雪が降るなら、幻獣ユニコーンだって実在するのかも。幻が幻を引き寄せる。

 【入選】

レモンスカッシュ孤独は銀の棒のごと名古屋大   磐田小

ゆすら梅赤子のどこにでも産毛京都大   武田歩

山吹や傘にすつぽり笑窪の子東京  加藤右馬

無地のハンカチ雑誌は自殺かと煽り大阪   ゲンジ

浅蜊掘る母性とやらが見つからず神奈川  ノセミコ

読み進めノーチラス号もうすぐ夏同  高田祥聖

初夏や教科書の芥川笑ふ愛媛大  岡田快維

星涼しナイトカヌーの終着地西条   広瀬康

憲法記念日ショートヘアにする自由茨城  五月ふみ

乾きゆく鼻血に泡や夏近し大阪   葉村直

すずらんは雲へと離陸したのです茨城   眩む凡

草餅に残りし茎の苦きかな松山    大助

看板の赤の薄さや夏きざす立命館大   乾岳人

漁火を宿して烏賊の眼は凍る茨城  秋さやか

草餅を焼く海峡に潮満ちて洛南高   久磨瑠

隷書めく藤よ単車はやをら発つ東温  高尾里甫

君も共犯アイスを二つ食べた罪日本航空高  光峯霏々

雨みえぬ白さに暮れてゼリーかな東京  早田駒斗

 【嵐を呼ぶ一句】

まりもころころ遅れてデネブアルタイル松山  若狭昭宏

 デネブとアルタイルは、夏の大三角を形成する星。その星にさきがけ、まりもがころころ登場するのが楽しい。夏の湖のにぎやかな静けさが、いきいきと。

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