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青嵐俳談

公開日:2023.05.19

[青嵐俳談]森川大和選

 知人の一杯を見に、今治華友会の大花展へ行く。ホール緞帳の大桜が映える。約130瓶。力作揃い。斬新な意匠が多く、疫禍に耐えた生け手の胆力を思う。広い花器の縁に沿って生け込まれた菖蒲は、水辺に吹き寄せられたよう。中央の大胆な余白に、沖が見える。

 【天】

燕の巣しづかフルシチョフカの廊下中国  加良太知

 燕は極寒地を除く世界の広い範囲で繁殖する。「フルシチョフカ」はソ連時代に国土全体で建設された中層集合住宅。その廊下に残された巣に、今年は親鳥が来ない。原因は町の過疎化か。戦火による荒廃か。同時作〈渾身のおなまえうねる入学児〉の微笑ましさ。それは、日本語でもロシア語でも、ヒエログリフでも。

 【地】

麦秋や逢魔が時のドヴォルザーク神奈川  ノセミコ

 BGMは「家路」かとも思ったが、弦楽四重奏「アメリカ」の冒険心だろう。眼裏に焼き付いた「麦秋」の金と鼻腔を満たす芳しさに浸る「逢魔が時」の恐いもの見たさ。日暮れてなお、高ぶる青雲の志よ。

 【人】

吸ふ音を重ねるシーシャバーや蟻東工大  長田志貫

 水煙草「シーシャ」を扱うバー。エキゾチックで何とも気だるい。水を潜る煙の音がぼこぼこと重層し、そこここに拡散する。闇の中で我が身を這う「蟻」が、一方で現実へ引き戻し、一方でシーシャ発祥といわれる中東や北インドの灼けた砂の香を漂わせる。

 【入選】

春の音の耳鳴りがして龍を呼ぶ静岡   真冬峰

カーテンに肌のざらつき春の闇京都大   武田歩

晩春が母の姿をしてをりぬ大阪大 野村三親等

恋猫を匿ふ夜雨の神庫かな大阪   葉村直

野遊やこの大木を拠点とし神奈川 にゃじろう

逆立ちの蛙の尻や卵噴く同 いかちゃん

ロケット花火ひゅうう転校したくない秋田  吉行直人

草餅や湖畔のベンチ向かひ合ふ洛南高   久磨瑠

告白を終え白シヤツのままの海松山   川又夕

隠し名をミヨソティスてふ青さかな神奈川  高田祥聖

モラトリアム過ぎては腹に飼えぬ蝶同 土井ヨドー

身のなかに蝶が一頭こゝろかな千葉  木野桂樹

虫の死を拭き取り茅花流しかな兵庫 染井つぐみ

葬列の泥濘に咲く菫かな愛媛大  岡田快維

スノーフレーク生えかけ乳歯透き通る岡山   杉沢藍

鮫の歯の化石がみやげアイスティー静岡 桃園ユキチ

水割りのみづのこだはり月朧大阪   ゲンジ

花烏賊や古き包丁の切つ先同    詠頃

供出を否みし鐘や初燕神奈川 長谷川水素

 【嵐を呼ぶ一句】

イランカラプテ蝦夷の花盛りなり高崎経済大   松本航

 書き出しのアイヌ語の意味は「こんにちは」。北海道のおもてなしの言葉となった。蝦夷山桜は、山桜よりも花弁が大ぶりで寒冷地でもたくましく咲く。5月初めが開花時期。人を愛する歴史の旅に出たくなる。

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