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青嵐俳談

公開日:2023.05.12

[青嵐俳談]神野紗希選

 玄関先のえごの木が数百の蕾をつけた。植えたばかりの去年は4~5個しか咲かなかった花。小さく白い釣鐘が一つまた一つ、うつむいて弾ける。隣の檸檬も一つ花がひらいた。まずは根を張ること。準備ができたら花が咲く。目に見えずとも、力は充ちていく。

 【天】

短夜や輪郭を成す馬の熱松山   川又夕

ドードーのページに栞みどりの日長野   藤雪陽

 夕さん、夏の短夜の闇に視覚的な輪郭が溶けても、体躯の発する熱がくっきりと輪郭をなすか。馬の命が熱く燃える。雪陽さん、自然に親しむことを啓蒙するみどりの日に、人間が奪ったものを再認識する。絶滅した者を忘れないという意志が、さりげなく栞に。

 【地】

調味料棚のこけしや山笑ふ洛南高   久磨瑠

肩凝りや春のまんばうゐる如く東京  桜鯛みわ

 久磨瑠さん、いかにもありそう。生活の中で分類を間違えているもの(調味料の棚のこけしなど)は句材として魅力的。山もナチュラルに笑う。みわさん、凝った肩の重たさを、けだるく浮くまんぼうになぞらえた。楽しい奇想が、肩凝りも明るく詩に昇華する。

 【人】

産むときのからだはひとり花の冷茨城  五月ふみ

 私がやるほかないのだという、出産の場での矜持と孤絶感。思い出させ、気づかせる句だ。花の冷は美しすぎるか。「ひとり」を肯定する季語を探したい。

 【入選】  

地球だって斜めに回って新学期松山   永田櫂

花冷や産毛を纏ふ山羊の角岡山  大元寿馬

甘え方教えるぶらんこの教師松山  若狭昭宏

浴衣着ても言われる「理系っぽいですね」秋田  吉行直人

朝凪を立ち漕ぎなんだってできる西条   広瀬康

苺ミルクや厚意<偽善ノートルダム清心女子大 羽藤れいな

泣き虫は詩を覚えたり啄木忌長野   里山子

バナナ・オレ日永でやってらんねえ日大阪   未来羽

花の鈴残存歩行者のあゆみ東京  早田駒斗

頭蓋より亀鳴かんとす生きんとす大阪   葉村直

旱梅雨ぷらぷらトレーダーの脚東京工大  長田志貫

クレマチス吾の死神は少女らし神奈川  ノセミコ

初夏のプリンに混ぜる粉薬京都大   武田歩

一限のチャイムと同時ミモザ咲く東雲女子大  田頭京花

ランキング好きな国民花は葉に大阪   ゲンジ

海星海星地球を喰つたやうな色兵庫 染井つぐみ

噴水の芯にも空気があることを自由学園女子高  有野水都

句集閉づ神話生まるるやうに虹静岡 桃園ユキチ

心臓を切り開くごとアネモネや愛媛大  岡田快維

歯茎よりのぞく乳歯よ夏近し岡山   杉沢藍

 【嵐を呼ぶ一句】

新社員ブリーフケースの底に海茨城   眩む凡

 ビジネスバッグの底に海を携える新入社員は、目の輝きにも芯がある。現実(新社員)の奥の本質(海)をつかんだ。客観的な写生だけが俳句ではない。

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