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青嵐俳談

公開日:2023.04.14

[青嵐俳談]神野紗希選

 ハロウィンなどの新季語も現代を映す一手段だが、古い季語も使い方次第で現代を照射しうる。仮想現実を砕く闘牛も、ファストフードのメニューに発見する桜も、生きた季語として現代を浮き彫りにする。

 【天】

闘牛が仮想現実砕きけり西条   広瀬康

 細田守監督のアニメ映画の一場面のよう。コンピューターのバーチャルリアリティの世界は、人間の欲望を反映し増殖する。そのきらびやかな虚妄を、闘牛が荒々しく打ち砕く瞬間。仮想現実を対置することで、闘牛の、現実の塊としての重量を掴み出した。

 【地】

サラダ巻ひとん家の桜がきれい東温  高尾里甫

やさしくない世界さくらシェイクの塩気神奈川  高田祥聖

 日本の濡れた情緒をまとった桜も、ドライな現代性を孕みうる。里甫さん、この句は鉄火巻では駄目。サラダ巻のあっさり感が、人の家の桜を傍観して通り過ぎる、ほのかな物足りなさとよく合う。祥聖さん、春限定の桜シェイクに、葉の塩漬けの塩気を感じ取った。自由主義の行き渡った世界からやんわりと疎外されている感覚と、甘くほのかな塩気が響き合う。

 【人】

飛び立てば雪間に細き滑走路愛媛大    羅点

 飛行機を安全に離着陸させるため、滑走路だけ除雪してあるのだろう。飛び立ってしまえば地上は遥か。雪の狭間に、滑走路も細く頼りない。自然の中に暮らす人間の寄る辺なさを、ふと自覚する一瞬。

 【入選】

探検記はどれも閉架や春の雷東京工業大  長田志貫

長引いている春愁もデフラグも秋田  吉行直人

落椿が上向く確率求めよ兵庫  西村柚紀

春風やリカオンの乳漲れる神奈川 いかちゃん

春眠や砂金を拾うように夢茨城  五月ふみ

桜シェイク中学校へビルの影長野   藤雪陽

春愁や芝犬の尻ふてぶてし大阪   未来羽

クリムトに金の鬱あり春の闇神奈川 長谷川水素

小説の会話に浸る長閑さよ今治   京の彩

桜みたいに忘れてほしいひとくだり静岡   真冬峰

自我が無いのは俺と風船ぐらい千葉 たーとるQ

夕桜を帰る乳がん検診車東京  桜鯛みわ

新生児ほどの桜や未来来る松山  若狭昭宏

暮れ時のめまひに花の雨きたり東京  加藤右馬

昼に起きて階下を蜂が飛んでいる大阪大 野村三親等

蘖や食パンにレーズンの跡洛南高   久磨瑠

花蔭やあなたの推しのwikiググる松山    大助

術前に髪を短くして遅日東雲女子大  坂本梨帆

若桜復讐するのはまた後で滋賀   乾岳人

雨と絡まるハルジオン猫の恋長野   里山子

 【嵐を呼ぶ一句】

どのくらい破れば蝶は飛べなくなる三重 多々良海月

 どのくらい翅を破かれたら蝶は飛べなくなるのか。仮定の文体だが、ぼろぼろに破けた翅でなお懸命に飛ぶ蝶の姿が実体として立ち上がるところに、捨て置けないこの句の引力がある。句の言葉の第一義的な意味以上に、句の結ぶ実像のリアルに重きを置きたい。

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