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青嵐俳談

公開日:2023.03.17

[青嵐俳談]神野紗希選

 雨後の水たまりが、風にきらきらとさざなみ立つ。〈春風やにはたづみにもある渚 三橋敏雄〉。ささやかな水たまりにも渚があるという発見を、ほら、と教えてくれる親しさ。じんわり嬉しく、世界も輝く。

 【天】

花守の鼓膜はみづうみの感度西条   広瀬康

 桜を守り育てる花守は、きっと桜の木の声に耳を澄ませている。鼓膜は、静かな湖のさざなみを聞き取る感度で、木に通う水音を聞き留めているか。花守の鼓膜を媒介に、桜と湖の静けさの同質性を掬い上げた。

 【地】

切り取った後の静けさ冬の雲東雲女子大  田頭京花

風光り忘れて木椅子から湖へ東京  早田駒斗

 京花さん、冬の雲はたしかに、切り取られた断片のように寄る辺なく、物事の果てのように静かだ。駒斗さん、木椅子のぬくもりに、光ることをうっかり忘れていた風。するりと湖上を滑りゆくうち、光ることを徐々に思い出す、風のまぶしさ、春の加速。

 【人】

弱みとはホットミルクの薄き膜京都大   武田歩

愛の日の前夜のパンク修理かな新潟  酒井春棋

 歩さん、ホットミルクに張る膜が弱みなら、一枚めくれば甘くあたたかな牛乳が待つ。人の弱みも、魅力の上澄みなのかも。春棋さん、タイヤがパンクしたので修理する、バレンタインデー前夜。愛の美からは遠く生活に没入する時間が、諧謔と生の実感を生む。

 【入選】

梟が最後どうぶつビスケット宮城  佐東幸太

薄氷に触れるや解ること少し神奈川  高田祥聖

躁鬱のてんびん蝶の翅いちまい同  ノセミコ

不純物おほき記憶や春の海松山   川又夕

ニンゲンの展示を生きてレタス剥ぐ神奈川 いかちゃん

湯冷めして独り黒ひげ危機一発ノートルダム清心女子大 羽藤れいな

霾ぐもり容れてラクダの目は寂寞大阪   未来羽

飛花落花有効射程距離更新松山  若狭昭宏

吐き出したガムは脳みそ春の憂今治西高   四条逡

わらい声聞こえしあたり古雛茨城  五月ふみ

蕗の芽は星の心臓かもしれず名古屋大   磐田小

午後四時の古カンヴァスに春の風松山   槙英里

内頬の肉噛んでをり春愁済美平成    愛心

DMは祖父の名のまま盆用意同   岡柳仙

蒲公英静か配給のシシケバブ日本航空高  光峯霏々

紅梅や卒業論文のファイル東雲女子大  坂本梨帆

退職の日の凍星の白さかな徳島大  川又心美

岩波文庫ぱらぱら春休み終わる秋田  吉行直人

鱗粉を下ろして蝶は星空へ西予    えな

終電の銀河鉄道ヒヤシンス千葉  木野桂樹

 【嵐を呼ぶ一句】

ひえんひえんできるならずるく生きたい大阪大   葉村直

 〈えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい 笹井宏之〉は「永遠解く力」を平仮名にほどき「えーえん」と口から洩れる泣き声を連想させた。「ひえん」は「飛燕」であり、同時に、泣く息の音のよう。ずるい人たちが笑う世界で、ずるく生きられない誠実を抱き、燕も私もひたむきに生きる。

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