朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2023.03.03

[青嵐俳談]神野紗希選

 草餅は粒餡がいいけれど、桜餅はこしあんに限る。片寄った好みを持ち寄るから、人間は面白い。私は何を愛しているか。俳句も大いに片寄りたい。

 【天】

日向ぼこしようよいなくならないで東雲女子大  坂本梨帆

雛あられもらえる職場で非正規で兵庫  西村柚紀

 梨帆さん、「いなくならないで」の声が切実。追い詰められ辛そうな友人へ、日向ぼこしてリラックスしよう、私にはあなたが必要、とまっすぐ思いを伝える。柚紀さん、雛祭りには雛あられが配られたりするけれど、とはいえ非正規で、働き続けられる保証はない。目先の雛あられより先々の安定雇用をくれ、と思いつつ、雛あられはやはり嬉しくて、生活は続く。

 【地】

木菟の傾くごとく回る鍵京都大   武田歩

 鍵がギィッと回る感覚を、木菟が傾いてゆく象徴的な把握で言葉にした。異世界への扉がひらきそう。同時作〈掛け違うシロツメクサに似たボタン〉も比喩。シロツメクサの郷愁が、掛け違えを切なく響かせる。

 【人】

イグアナの首に皺寄る霾ぐもり神奈川 いかちゃん

死者数の臨時速報雪明り宮城  佐東幸太

 いかちゃん、イグアナの首の皺にフォーカスし、解像度が一気に上がった。幸太さん、トルコの地震、東日本大震災を思った。おそらく速報値より死者数は増える。雪明りが感情の逃げ道を塞ぐ。同時作〈海明けや首から割りし鳩サブレ〉も季語がまぶしい。

 【入選】

いい人を探して春の海に着く秋田  吉行直人

蜜蜂や鍵盤の間にあるクレバス洛南高    航星

待春のこぼれて乾く離乳食福岡  森優希乃

しやつくりの白息よバイバイまたね大阪   ゲンジ

自転車に乗れない大人朧月松山    或人

バスは標本春の夢交じり合ふ茨城   眩む凡

蛇穴を出て人類という遺跡西条   広瀬康

邪魔くさいウィッグ病窓は早春日本航空高  光峯霏々

マーガリン削げば春隣の黄色東温  高尾里甫

春愁や吾は家事育児夫ゲーム岡山   杉沢藍

冬桜聖書のやうに喋る人大阪   未来羽

虹雉の尾羽に春風の映る名古屋大   磐田小

常温のスープ胡蝶をときはなつ東京  早田駒斗

啓蟄にVOCALOIDは転調す九州大  長田志貫

百度石の百度目は今日春来る東京  江口足人

しゃぼん玉加護及ばねば割れはじめ茨城  五月ふみ

宙吊りの鯨の骸さくら東風長野   藤雪陽

国道を歩き歩けば月の霜東雲女子大  田頭京花

子を撲つか椿を毟る鬼と成りても神奈川  ノセミコ

リモコンのイボイボたのし冬温し松山    大助

 【嵐を呼ぶ一句】

仕返しに粒あんの肉巻き風光る洛南高    杏夜

 何かされた仕返しにいたずらで作ったという設定だろう。粒あんの肉巻きは嫌だが、ぎりぎり食べられそう。肯定的な「風光る」が、反応に笑い合う明るさを見せる。そこには生きた人間の生きた心が。積極的に「生きる」を楽しむことが俳句を輝かせる好例。

最新の青嵐俳談