朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2023.02.10

[青嵐俳談]森川大和選

 鎌倉幕府御家人の比企一族が治めたという埼玉県小川町へ紙漉き体験に訪れたことがある。原料の楮(こうぞ)を煮熟(しゃじゅく)する持ち場では、立ち込める湯気の霧へ、寒の日矢が無数に射かける。流し漉きの持ち場では、日を照り返し、天井に冴えた水底が現れる。紙は冷えるほどよし。掛け流し、調子、捨て水、揺り動く御身一尋(ひとひろ)の妙。悴(かじか)めば、掌に息を吹きかけてなどいられない。ストーブの上で煮えた鍋の中へ。左右交互、湯の熱を掴み、すぐに簀桁(すけた)の手木(てぎ)を握る。

 【天】

着ぶくれて明朝体の司書の指静岡   真冬峰

 図書館閉館後の退勤の景か。文字に触れ続けると人は文字化するのかと考えさせられる。無論、精神はする。句は身体まで。グレゴールザムザは不条理に嘆くが、本の虫ならばそれはそれで本望かもしれない。

 【地】

風花よストラディヴァリといふ馬よ東温  高尾里甫

 北宇和高校馬術部で飼われたこの馬の雄姿を伝える絵本が、鬼北特産手漉き和紙の泉貨紙を用いて制作され、先日披露された。風花が優しい。ただし、この実話を知らずとも、バイオリンの心臓を打ち、自身の白息を抜け、雪に疾駆する隆々たる馬体が浮かぶ。

 【人】

マフラーの脱ぎ方よわみの見せ方中国  加良太知

君を君たらしめてゐる薄氷九州大  長田志貫

 前者のように見せ始め、馴染み、後者のように理解される。理想的な関係の深まり。人を知るには対面、生身。その空気全体の振るわせ方を聞くところから。

 【入選】

乱丁に白紙混ざりて風花す茨城  五月ふみ

霜晴や野菜スープへくぶる塩東京  早田駒斗

国境を越ゆる送電線や春兵庫 染井つぐみ

明後日は地球の休日カリフラワー同  西村柚紀

海つ霊と成れかし死んでゆくくぢら岡山 真井とうか

鯨鳴く水の最期は何時だらう大阪   未来羽

いま雨の雪に変はるを耳にせり三重 多々良海月

嫁入りの鷹の刺繍や夕焚火千葉  木野桂樹

日向ぼここれでも隔離されている秋田  吉行直人

春の雪不思議のアリス症候群日本航空高  光峯霏々

テフロンの剥げて冬銀河燦然千葉 平良嘉列乙

元日やPYREXに膾満つ東京 あべやふり

鐘氷るペコちやんの舌欠けてゐる長野   藤雪陽

闘志なんてないけど春を待つ丘だ大阪大   葉村直

嘘つきはカリフラワーの刑に処す西条   広瀬康

裏白や就労ビザの期限間近神奈川  高田祥聖

余寒なる世や寂しさのマヨネーズ東京  山本先生

 【嵐を呼ぶ一句】

不良品仕分けてゐたり雪女東京  加藤右馬

 集めた人間をじりじり試している。不良と仕分けられるとどうなるか。いや、選ばれ、永遠に抱きしめられるとどうなるか。根雪の下に横たわる、社会風刺。

 

最新の青嵐俳談