公開日:2023.02.11
[2022年 青嵐俳談大賞]森川大和選・神野紗希選
愛媛新聞文化面の若者向け俳句投稿欄「青嵐俳談」の2022年の掲載作品から優秀作を選ぶ第5回愛媛新聞「青嵐俳談大賞」の受賞作17点が決まった。最高の「青嵐大賞」には、長田志貫さん(九州大、松山市出身)=森川大和選=と、すいようさん(大阪)=神野紗希選=が選ばれた。受賞句と両選者の選評を紹介する。
【青嵐大賞(森川大和選)】
見せ消ちの檻へさし入る冬の星九州大 長田志貫
【青嵐大賞(神野紗希選)】
産声や世界をつくりなほす雪大阪 すいよう
【優秀賞(森川選)】
みづからのさへづりを追ひかけてゆく神奈川 田中木江
浦上のマリアのひとみ澄む聖夜千葉 平良嘉列乙
【優秀賞(神野選)】
キャスター付き椅子で銀河を全速力関西大 未来羽
Rest in Peace 向日葵は泣かない日本航空高 光峯霏々
【春嵐賞】
ドラムソロ長し帰省の渋滞に秋田 吉行直人
【入賞(森川選)】
とろろ汁明日亡命する身かも神奈川 高田祥聖
馬の仔や乳房離して海を嗅ぐ同 長谷川水素
土器の色残りしままの春の土松山東高 盛武虹色
満月が産まれる人の住まぬ字に松野 川嶋ぱんだ
木犀の香てふ恒星間飛行西条 広瀬康
【入賞(神野選)】
鳩に雪触れてみづみづしき磁界東京 早田駒斗
枯園でジャムを塗り合う恋がしたい静岡 真冬峰
雨粒のゆつくり濁る鹿の角福岡 森優希乃
バオバブの木に初雪の眩しさを西予 えな
ポストアポカリプス句座の膝毛布神奈川 にゃじろう
※肩書などは作品発表時のものです
選評
森川大和
昨年は群雄割拠。天地人以外にも多数の秀句。渾沌とした渦の中に、次代を担う大いなる活力を見る。
大賞の長田志貫さんは、虚実相乗の詩情を描く。世の古文書の無数の「見せ消ち」を「檻」と把握した感性が秀逸。言い尽くせぬ不如意を持て余す、人類の有史以来の苦悩を含蓄する。季語の慰めにも浪漫あり。〈ひじき刈時折沈むタトゥーは蛾〉は蛾が命を帯びる虚構。〈みひらけばそらのあをなりおほなまづ〉は「見開く鯰」の生と「切られ身開く」死が、虚となり実となり、入れ替わり肉薄する。
田中木江さんの優秀句は「さへづり」の言霊の透明感を言い得た。春鳥の鮮やかな全躯から発せられた求愛の声に、全霊の引き寄せられる速度。〈冬深し明器の豚は授乳して〉には死後の生。〈たまねぎや無よりときどき宇宙爆づ〉には森羅万象の誕生の起源。
平良嘉列乙さんの優秀句は、長崎のキリシタン迫害と原爆投下の悲劇の景が、慈悲深い聖マリアの「ひとみ」を借りて再生される。〈冬晴や被曝マグロの墓築地〉も原水爆被害への憤り。〈夏立つやちぇいんちぇいんとペグを打つ〉は疫禍の世のやるせなさを託した。
春嵐賞は吉行直人さん。「帰省」は夏の季語だが、4月の投句作。着想は春休みか。昨夏は第7波。注意の中、3年ぶりに帰郷できる人々の静かな高ぶりを、先駆けて書き残した。
入賞の高田祥聖さんは、ウクライナの緊迫感を身に引き寄せた。大切な人は一緒か。長谷川水素さんは、眼前の匂いの写実。仔馬、若草、原乳、東風、春潮。盛武虹色さんは、発掘の触覚の濃度。土器の色が過去を語る。川嶋ぱんださんは、手垢の付いた文字に災禍の兆しを嗅ぐ。無為の尊さ。広瀬康さんは、意外な取り合わせから新しい世界観を育てる。ウィットに富む。
神野紗希
混迷を極める世を前に、内向きに閉じるのではなく、言葉の想像力を全開にして挑む、繊細かつ強靭な句が印象的な1年だった。
大賞作は、創世を幻視する神話的叙事詩だ。実感の核として産声がまぶしい。清らかに降る雪に、再生への切なる祈りが行き渡る。すいようさんは〈未来都市を鯨の花言葉とする〉〈蝶老いて無声映画の中に入る〉など、散文的な意味を超えた象徴性を、やわらかく17音にひらく作風。不定形な心を形象化しうる、言葉の無限の可能性が広がる。
優秀賞1作目、詩の瞬発力が爆発している。椅子の生活感が一気に引きはがされ、宇宙へ飛び出す爽快感。〈冬の月ダイオウイカと夢分かつ〉〈樹に心あるなら手袋をはづす〉、詠む世界の輪郭が大きく濃くなった未来羽さん、ますます期待。
優秀賞2作目、「Rest in Peace」は安らかに眠れ、の意。「泣かない」とは、困難を見据え生きていく覚悟。ウクライナの向日葵畑も想起した。光峯霏々さんは〈冷房ぬるい結婚は消去法〉〈長時間労働案山子のつくりわらい〉など社会批評の眼をもち、時代を生きる心を誠実に記す。
入賞。早田駒斗さんは前回の大賞受賞者。自然界を見つめる骨格たしかな句柄のままに、虚の余白が広がり詩性が深まった。真冬峰さんは、季語の象徴性を生かし、感情をゆたかにしらべに乗せる人。森優希乃さん、日常に隣り合う世界の肌理(きめ)を、感覚を研いで丁寧に写し取る。えなさんは土地と繫がり生きる感覚がゆたか。暮らしの表情が見える素直な言葉が印象的だ。にゃじろうさんは言葉にパンチ力がある。この句もSF的想像力が現代を抉る。
新しい時代を切りひらきうる言葉をもつ作家が、この欄に育っている心強さ。信頼できる書き手がいること、心から嬉しく思う。