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青嵐俳談

公開日:2023.01.27

[青嵐俳談]森川大和選

 水を使えばお迎えした年神様が流れ、火を使えば荒神様が怒ると言い、三が日はなるべく調理を避ける。その分、年末には餅を搗き、お節料理の品を揃える。とはいえ、元日の朝にもお雑煮の下ごしらえはある。人参と大根の紅白。鶏肉は幼老の一口大に。丸餅はふっくらと焼き、からりと焦がす。寝かせて取った深い出汁をじゅんとかけて、香る三つ葉に、柚子の皮。

 【天】

朝四時の包丁始め息を吸う静岡 桃園ユキチ

 厨の闇。大晦日の奮えを残しながら、新年の淑気に満ちる。新玉の日の光を知らぬ清澄さを称え、暗がりに灯を捧ぐ。食材を並べ、香る新味。俎板始め、包丁始め。息吐けば、あとは一気呵成(かせい)。柚子香る配膳までイメージができている。息を吸う間の、密。

 【地】

鍵穴のごとき一樹よ雪に濡れ京都 大和モロー

 雪に濡れ、冷えが芯に至る厳しさ。だが、そこに樹の存在の輝きがある。鍵穴は形状よりも、未来を開く期待の仮託か。古めかしいが、素朴純潔。浪漫あり。同時作〈綿虫が逆さで見てゐたる授業〉は「で」に不自由さがよく出た。動けぬまま謳う「綿虫」の真理。

 【人】

梵音や勇魚の海を鳴り響む神奈川 長谷川水素

 冬になるとザトウクジラは番(つがい)を求め、胸に迫る切なさで神秘的に歌い上げるという。「梵音」は仏教語。ここでは読経の意か。海原へ届き、なお響き勝ってくる。歌も経も一途。共鳴し、物語を編む。

 【入選】

カンテラの灯を船頭へ冬の星千葉  木野桂樹

寒椿乳児のつむじ渦巻けり京都大   武田歩

放たれて空中で凍蝶となる神奈川 にゃじろう

過敏性腸炎冬雷はくぐもった音日本航空高  光峯霏々

喰積や髪豊かなる弟よ新潟  酒井春棋

大寒の顔の穴みな暗きかな東京  山本先生

人日や瞼を押せば眼の弾力大阪大   葉村直

縄跳びの結界から漏る白息中国  加良太知

しづり雪約三分の聖歌隊松山 ツナみなつ

春暁や遊牧民の数え歌兵庫  山城道霞

風花やからだ楽器にして遊ぶ大阪   ゲンジ

老人と海とウヲツカと寒夕焼神奈川 いかちゃん

凍豆腐作る同期が辞めていく宮城  佐東幸太

石鹸は誰かがおろす三日かな三重 多々良海月

初星やいずれ空き家になる生家神奈川  ノセミコ

年の空花瓶のうちがはを磨く茨城   眩む凡

乗初や釧路川そと逆流す北海道 北野きのこ

熊鈴の響く雪渓果てしなく北海道大   二神栞

 【嵐を呼ぶ一句】

孤独とは去年今年なる仰臥かな長野   里山子

去年今年ただただし続ける呼吸東雲女子大  坂本梨帆

 第8波の年末年始。療養のため、天井を見続けた方もあろう。同居家族と分けた生活。一人世帯の孤影。誰かと繋がり生きてゆける尊さを嚙みしめた感慨。

 

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