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青嵐俳談

公開日:2023.01.20

[青嵐俳談]神野紗希選

 フィットネスの動画を漁っていると、映像以上に言葉の説明が大切だと気づく。「宇宙へ突き抜けるように背伸びして」と想像力ゆたかなうながしもあれば「スクワットは肛門から後ろへ突き出すイメージで」と即物的な指示も。体を動かすのも、言葉なのだ。

 【天】

冬眠の鼓動のどれも無伴奏西条   広瀬康

 冬眠の獣たちの鼓動に耳を澄ませた。無伴奏という言葉が、鼓動の音楽性を引き出す。伴奏のない寄る辺なさが、命の孤独の厳しさを、静かにひびかせる。

 【地】

ダイヤモンドダスト授業で読む聖書東温  高尾里甫

死者の名を呼びをり星も遠火事も神奈川 長谷川水素

 里甫さん、授業で読む聖書は、信じて読む経典の重みとは違い、ダイヤモンドダストのような異世界の神秘の輝きを秘めているか。水素さん、星のまたたきも遠火事の炎のゆらめきも、死者の名を呼んでいるのだとしたら。凍てた世界で喪失を忘れぬ者たちの光。

 【地】

元日やおむつ袋をきゆつと締む兵庫 染井つぐみ

父母や底の平らな鏡餅静岡 桃園ユキチ

 つぐみさん、元日だって赤子はうんちする。においが洩れないよう袋を締め、なるだけ清潔に。育児のある正月に光を当てた。ユキチさん、鏡餅の底が平らであることの安寧。どっしりと揺るがぬ鏡餅に父母の安定した姿を重ねた。実感に裏打ちされた象徴の力。

 【人】

雨の香に砂の香に雪虫もつと東京  早田駒斗

初雪や湯渡町を揺れるバス東雲女子大  坂本梨帆

冬晴やエシレの缶に小さき牛千葉  木野桂樹

湯冷めするためにラーメン食べにゆく松山  松浦麗久

花嵐人を許すといふ才能大阪   未来羽

絵馬記入所の夜焚火のドラム缶福岡    横縞

論破する癖控えめにマフラーす松山  若狭昭宏

恋は贋作あなたは冬の海に似て静岡   真冬峰

ロケ隊へ焼く鯛焼の第一陣三重 多々良海月

元旦や穏やかになるてふ退化日本航空高  光峯霏々

Googleマップどこまでが冬の海茨城  五月ふみ

隣人に絵踏メレンゲに重力ノートルダム清心女子大 羽藤れいな

硝子片散らばるシンク冬の夜東京  桜鯛みわ

確率は二分の一や冬の虹東雲女子大  田頭京花

初詣手水の零れていくさまよ済美平成   岡柳仙

予備校の講義開始の二日かな滋賀   乾岳人

過労死に色あらばギン聖夜へ雪中国  加良太知

雪達磨ホットケーキを返す前西予    えな

白米を研ぐや初日の光以て東京  江口足人

ブロッコリー空が壊れた音がした長野   里山子

焼鳥の香に煽られる冬の蝿岡山    ギル

 【嵐を呼ぶ一句】

年惜しむ噤んだ口の舌の位置大阪大   葉村直

 閉じた口中の舌の位置など普段は気にしないが、あらためて言語化されると妙に意識して、口中の舌が異物のよう。「噤んだ」には、単に閉じたのみならず、言葉を飲み込んだニュアンスも。舌に焦点をあてることで、噤むという行為をアイロニカルに照射する。

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