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青嵐俳談

公開日:2023.01.06

[青嵐俳談]神野紗希選

 〈あたたかき雪がふるふる兎の目 上田五千石〉。 ウクライナ侵攻時に降る雪は、厳しく冷たき雪だった。今年はうさぎ年。その目には何が降るか。

 【天】

小熊座やホットチョコいま熔融す東温  高尾里甫

眼差しは万有引力鯨飛ぶ静岡   真冬峰

 里甫さん、熔融とは熱を受け液体となること。硬質な漢語が、星空の下、チョコがとけるさまを強く立たせる。小熊座で輪郭もくきやかに。原発の炉心熔融を思えば、現代日本のくるしさも重なる。真冬峰さん、万有引力が互いに引き合う力なら、誰かを見つめる眼差しはその最たるもの。瞳の奥には鯨が飛ぶか。

 【地】

ブロッコリ宇宙が二つあったなら洛南高    杏夜

 宇宙が二つあったらどうなんだろう。分岐するブロッコリーの房のように、宇宙も岐れつつ成長するのかしら。ブロッコリーが、哲学を生活に引き寄せた。謎だけど分かる気もする、理屈を軽やかに超えた句だ。

 【人】

壁紙の煉瓦すべすべポインセチア横浜 いかちゃん

自力どこ他力どこから冬薔薇神奈川 長谷川水素

 いかちゃんさん、本物の煉瓦ならざらりと質感があるものを、煉瓦の柄なので「すべすべ」。気持ちよいオノマトペが物足りなさに繋がる転換が面白い。水素さん、自力は内なるものなので「どこ」、他力は外からもたらされるので「どこから」の使い分け。どうしても力が湧かない日、冬薔薇が静かに共鳴する。

 【入選】

ゆりかごへ唄ふ頬杖冬すみれ東京  桜鯛みわ

新聞の全ページに冬銀河伯方分校  安野陽音

トルコ石触れれば冬の海あふれ茨城  五月ふみ

放課後を冴ゆるAEDの窓東雲女子大  坂本梨帆

数の子や一人が受かるオーディション西条   広瀬康

雑踏にポインセチアといふ血痕神奈川  ノセミコ

闇汁の箸八の字でまさぐりぬ同 にゃじろう

銃剣を翳す少年くぢら鳴く長野   藤雪陽

童貞聖マリア無原罪の御孕りの祝日の罅広島大  白石孝成

恋知らぬ内に初雪知らせたし松山  若狭昭宏

琺瑯のカツン七草粥熱し同   川又夕

象の牙見上げる姪の息白し愛媛大 桐箱ありヲ

辞書めくる音だけ冬の夜のふち同  小泉柚乃

冬空は丸くて星のすべり台西予    えな

水仙やまち針で刺す水ぶくれ岡山    ギル

原稿は真白寒夜のボールペン静岡 桃園ユキチ

霜の夜や人種は無いという話ノートルダム清心女子大 羽藤れいな

受験生合格者からいなくなる済美平成  坪田陽菜

ボーナスのボーに情熱ありぬべし新潟  酒井春棋

サスペンダー椅子に残して春隣宮城  佐東幸太

 【嵐を呼ぶ一句】

冬薔薇やエヌ氏に客がまたひとり九州大  長田志貫

 SF作家・星新一の作品は、主人公の名前に、多く「エヌ氏」を用いる。イニシャルの匿名性が、人物像より出来事に意識を向かわせる。やって来た客は、宇宙人か、それとも。冬薔薇が華やかに想像を彩る。

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