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青嵐俳談

公開日:2022.12.16

[青嵐俳談]森川大和選

 源親行の「原中最秘抄」には、「源氏物語」桐壺の巻で楊貴妃の美を喩えた「未央の柳」の表現が、藤原定家の青表紙本にはあるが、自身の河内本には無い理由を、定家の父俊成の原稿に残された「見せ消ち」の意図に迫る研究成果とともに記してある。俊成は、紫式部と同時代に生きた能書家「三蹟(さんせき)」の行成卿の写本に基づき「見せ消ち」を残したという。2017年共通テスト試行テスト古文より。受験生がんばれ。

 【天】

見せ消ちの檻へさし入る冬の星九州大  長田志貫

 元の表現が見えるように線で消すこと。筆の文化。歴史上、累累たる「見せ消ち」が残されたはず。それを「檻」と把握した感性。冬星は一等星か、いや銀河の果てのありやなしや。その光が、墨へ。筆致へ。その世の人の生の浪漫へ。さし入って、優しく響く。

 【地】

深爪のオペレーターよ寒卵ノートルダム清心女子大 羽藤れいな

 コロナ禍では通販業界が好況だが、トラブルやクレームも付き物。明朗温和なオペレーターの「深爪」に働くことの表裏が濃縮されている。季語が効いた。生きている舌や喉に滋味よし。黄色よし。春遠からじ。

 【人】

逆さまにスパイダーマン吊る聖樹西条   広瀬康

 着眼点に静かなユーモア。この描写の直後に実写版のドタバタ劇が起こるのがハリウッド映画。そんな感覚をしかと織り込み省略した当世の俳味。同時作〈月冴ゆる贋作展の出口かな〉も月の真贋を自問しそう。

 【入選】

光にはいくつも亀裂冬桜東京  加藤右馬

雨を縒りつつ鶏頭の枯れはじむ同  早田駒斗

凍蝶がニットにひっかかったまま名古屋大   磐田小

枯野踏み踏みその先をしらずいる東雲女子大  田頭京花

ニューロンの煌めく夜の梟よ大阪   ゲンジ

白鯨を追ふ旅長し雪囲神奈川 長谷川水素

遺書めいて寒夜のスパゲッティコード同  ノセミコ

フラミンゴの脚を真っ赤に塗って冬同 いかちゃん

ショール何度もずれ波浪注意報宮城  佐東幸太

有休を数えて風邪の子と眠る静岡   真冬峰

冬の風ひとつ遅れし寄付の声茨城  五月ふみ

体育の先生「ゼウス」てふ嚔日本航空高  光峯霏々

カルデラのぽんと灰噴く小春かな神奈川  田中木江

年惜しむぱかぱか腑抜けたるボール兵庫 染井つぐみ

冬麗や歯医者帰りのヒール音静岡 桃園ユキチ

靴音やソファへ続く雪の跡大阪    詠頃

 【嵐を呼ぶ一句】

雪の雲ビゴーの〈魚釣り遊び〉東温  高尾里甫

 朝鮮半島をめぐる日清露の対立を描いた風刺画。その後、日清、日露戦争へ。今の世界情勢のよう。雪雲は今冬もシベリアより。持たず、作らず、持ち込ませず。増やさせじ、共有させじ、使わせじ。

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