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青嵐俳談

公開日:2022.12.09

[青嵐俳談]神野紗希選

 象徴とは、抽象的な思想や観念を、具体的な事物により理解しやすい形で表すこと。恋とは。友情とは。優しさとは。不穏とは。希望とは。短く具象的な俳句は、背後にサムシングが揺らめく象徴詩でもある。

 【天】

枯園でジャムを塗り合う恋がしたい静岡   真冬峰

 モノクロの枯園で命の気配が遠いから、ジャムを塗り合って色を甘さを浴びるように恋したい。どんな恋がしたいかという質問は世にあふれているが、こんな答えは一つだけ。枯園は、荒廃した現代の比喩とも。

 【地】

友人のメール低画質の聖樹滋賀   乾岳人

役割をぜんぶ引き受けホットチャイ茨城  五月ふみ

 岳人さん、性能のよくないスマホのカメラで撮ると夜の闇にぼやけるクリスマスツリー。低画質でいまいちでも、だからこそ、クリスマスを共有したいと送ってくれた友情が嬉しい。ふみさん、うまく断れなくて、頼ってもらったのだからできるだけ受け止めたくて、引き受けた役割に追われる日々。ブレイクタイムのホットチャイの優しさが、ささやかな癒しとして寄り添い、そんな君でもいいんだよ、と肯定してくれる。

 【人】

喉が変たぶん鎌鼬が近い大阪   未来羽

積読を方舟として冬の雨同  すいよう

 未来羽さん、喉の異変に鎌鼬の接近を予感した。不穏の体感を言語化したら、たとえばこんな句になるだろう。すいようさん、読まないまま積んである本たちに、方舟に似た救いを見出した。冷たい冬の雨の中、まだ読まぬ世界があることに希望を託して。

 【入選】

ナンは手を遥かはみ出て冬ぬくし神奈川 にゃじろう

セーターの刺繍のキリル文字キリリ西条   広瀬康

セロリ剥ぐまた平日が五日間大阪    詠頃

そのことば氷柱にしてしまえよあゝ松山 ツナみなつ

寒声や体育館は帯電す大阪大   葉村直

枯柳まさをに鳥のとほり過ぐ東京  早田駒斗

食道を水降りゆく神の留守同  加藤右馬

ノクターンの音符を銜へ梟来長野   藤雪陽

プッチンプリン落ちきるまでの秋思かな茨城   眩む凡

辞書めくる速さに白鳥は羽ばたく京都大   武田歩

無情にも血は争えず鐘は冴ゆノートルダム清心女子大 羽藤れいな

向こう岸の猫と目の合ふ秋の風西予    えな

ユダの得た銀貨の温度寒の雨神奈川  ノセミコ

ほんとうのいい子はさびしクリスマス同  高田祥聖

シクラメンスピードにのるロードバイク伯方分校  安野陽音

凍鶴よハイヒール履いたらどうか新潟  酒井春棋

雪虫やあえて元気に書く手紙宮城  佐東幸太

小春日や楽器と武器の似てるとこ兵庫  西村柚紀

毛糸編むラフマニノフを織り込んで愛媛大  岡田侑楽

 【あと一歩 青葉のスゝメ】

加湿器の 出番そろそろ 晩秋か松山大  ぽむぽむ

 晩秋とはまさに「加湿器の出番そろそろ」の季節。中七で説明せず行動や描写で見せたい。〈加湿器の埃を拭いて晩秋で〉〈晩秋や加湿器大きくて白い〉等。

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